リード・テクニックは、1950年代にアメリカ合衆国で開発された被疑者に対する尋問法ですリード・テクニックを用いた捜査では、まず被疑者に対して「調査の結果、あなたが犯行に関与していることは明確だ」ということを伝えます。次に、「なぜその犯罪が起こったのか」について、被疑者が説明する機会を与えます。そして、捜査官は非難の矛先が被疑者自身ではなく、被疑者が犯行に至る原因となった他人や環境に向けられるように誘導します。そのような手順を踏むことで、被疑者が自白しやすい環境を整えているのです。
リード・テクニックにおいては、選択的疑問文が活用されます。例えば、「この犯行は計画的でしたか。それとも衝動的でしたか」といった疑問文です。この質問は、「衝動的なものでした」という答えを引き出す意図があります。計画的犯行と衝動的犯行では、前者の方が罪が重くなりやすいということは多くの人が理解しています。また、「犯行は衝動的なものだった」と自分に言い聞かせることで、罪悪感が和らぐ効果もあります。
上記の選択的疑問文において、明示されていない3つ目の選択肢が存在します。「私はこの犯行に関与していません」という回答です。捜査官は、この第3の回答が出てこないように、最初に「あなたが犯行に関与している証拠がある」などと伝えているのです。
1955年、ネブラスカ州で強姦殺人事件が発生し、元警察官でポリグラフの専門家であるジョン・E・リードが事情聴取を担当しました。被疑者である被害者の夫は、自分がやったと自白しましたが、のちに自白内容を撤回しました。しかし、裁判では自白に基づく供述調書が証拠として採用されました。夫には有罪判決が下され、終身刑となりました。このときにリードが用いた手法が、リード・テクニックとして全米にその名を轟かせました。
その後、リード・テクニックが無実の人々、とりわけ少年から容認できないほどの高確率で虚偽の自白を引き出すことが可能であるという批判が巻き起こりました。2000年代に入ると、リード・テクニックの欠陥が激しく非難され、捜査現場からリード・テクニックを排除する動きが高まっています。
1988年、ネブラスカ州立刑務所にてウェズリー・ピーリー受刑者が獄死しました。ピーリーの顧問弁護士は「ピーリー受刑者は、1955年の強姦殺人事件の真犯人であった」という事実を公表しました。その証拠として、1978年に秘密裏にピーリー受刑者が執筆した秘密の暴露を含む回想録も添えられていました。リード・テクニックが名声を得るきっかけとなった事件において、引き出された自白が間違いであったことを示すものであり、関係者の間では衝撃が走りました。