このブログでは何度か話題にしたことがあると思うのですが、言語学用語で「敬意逓減の法則」というものがあります。敬語に含まれる敬意表現が少しずつすり減っていく現象を意味しています。
「死ぬ」の婉曲表現は「亡くなる」です。「〇〇さんの親族が死んだ」というのはあまりにド直球すぎる言い方で、まともな社会人なら公の場でこのような発言はしません。「〇〇さんの親族が亡くなった」という表現も、現代では直接的だと判断されるでしょう。「亡くなる」という表現が使われ過ぎて、婉曲のニュアンスが薄れてしまったためです。
「亡くなる」を尊敬語にすると「お亡くなりになる」です。「〇〇さんの親族がお亡くなりになった」。これは問題のない敬語表現・・・のはずだったのですが、人によってはこれも使われすぎて敬意が足りないと感じてしまうかもしれません。「〇〇さんの親族がお亡くなりになられた」。
これは「お~になる」という尊敬表現と、尊敬を表す助動詞「れる・られる」が併用されています。現代の日本語では「二重敬語」となり、文法上は誤りとされますが、「お亡くなりになられる」という表現を使う人は珍しくありません。
銀行窓口担当者が顧客を呼ぶときは「~様」と言うでしょう。「~さん」も敬称ではあるのですが、敬意が逓減して、さん付けだと呼ばれた方が軽んじられていると感じる人もいるかもしれません。銀行以外でも、特に大手企業が個人の顧客を呼ぶときは、様付けの場合が多いのではないでしょうか。
「~様」というのは、本来個人に使う敬称ですが、最近では法人・組織・団体に使われることも普通になってきました。例えば、東西商事という会社の担当者が銀行に手続きに行った場合、手続きの順番が来たら「東西商事様~」と呼ばれるでしょう。本来の日本語のルールからいえば、法人に敬称は不要ですから「東西商事~」でいいはずです。しかし、そのように呼ばれることはないでしょう。
「東西商事様」の場合は、東西商事の担当者の名前がわからないから、「担当者名+様」のつもりで「東西商事様」と呼んでいるという解釈が成り立つ余地があります。そうではない「様付け」のケースもあります。
以前勤めていた会社では、学校が顧客のひとつでした。その会社が提供するサービスを学校が購入していたのです。営業担当者が「学校様に営業に行って・・・」という表現をしていました。この場合の「学校」とは、特定の学校や学校職員を指しているわけではありません。営業対象となる学校全体を指しています。この「学校様」という言い方は、当時から違和感を覚えていました。
その会社では、幼稚園や保育園について言及するときに「園様」という社員もいました。「園様」という呼び方は、耳で聞いたときにピンと来なかったですね。学校でも園でもない施設に対して、「ご施設様」という社員も、ひとりだけいました。「施設様」だけでは飽き足らず、頭に「ご」を付ける徹底ぶりです。
将来、「~様」ですら敬意が足りないと感じる人が多数になったとき、どうなるのでしょうか。様よりも敬意が強い呼称はぱっと思いつかないのですが、そのときには何か新しい、より強力な呼称が生み出されているのかもしれません。