タンスの中身を整理しようと思ってみたものの、意外と捨てるものがなかったという経験がある人は多いのではないでしょうか。買ってから数年間、1回か2回くらいしか袖を通していないのに「いつか着る日が来るかもしれない」「買ったときの思い出もあるから」などの理由をつけて、捨てるのを断念してしまうのです。もちろん次の年の棚卸までに着られることはありません。
人は一度所有したものを手放したくないと考える性質があります。この性質を確かめるために、大学である実験がおこなわれました。参加者の学生は、大学のロゴ入りマグカップか、チョコレートバーのどちらかを選びます。マグカップを選んだ学生とチョコバーを選んだ学生の割合は、それぞれ約50%程度でした。
その後、別の学生グループにもマグカップかチョコバーのいずれかを選ばせたが、最初のグループとは手順が異なっていました。学生たちにマグカップを見せて「このマグカップは持って帰っていいですよ」と伝えました。その後「マグカップをチョコバーと交換することができますがどうしますか」と尋ねたのです。
手順が少し異なるだけで、実質はマグカップとチョコバーの二択です。しかし、チョコバーと交換することを希望した学生は11%しかいませんでした。「マグカップとチョコバー、どちらを選びますか」と聞かれたら、半分がチョコバーを選ぶにもかかわらず、最初にマグカップを提示するとチョコバーを選ぶ学生は11%と激減したのです。
3つ目の学生グループには、最初にチョコバーを提示し、マグカップと交換できると伝えました。マグカップとの交換を望んだ学生はたったの10%でした。どちらを先に提示するかで、学生たちの選択が大きく変わってしまいました。
マグカップやチョコバーはオリジナルで、実験の場で初めて目にしたものです。「持ち帰っていいですよ」と伝えられて、実質自分のものになってわずかな時間しか経過していません。それでも、自分のものを手放すのは惜しいという気持ちが芽生えてくるようです。
体験プログラムや試供品は、こうした心理を利用しています。最初は無料体験だけ試してみるというつもりでも、そのサービスを利用してみると「このサービスが利用できなくなるのは惜しい」と考えるようになります。そのうち一部は無料体験期間が終わっても、有料でサービスを利用し続けます。
サブスクサービスで、最初の数か月は格安の料金で、それ以降は正規料金になるというシステムをよく目にします。格安である程度サービスを利用すると「このサービスがなくなるのは嫌だな」という気持ちが芽生えてきます。そして正規料金になっても継続するようになります。
小さな子どもは、何の役にも立たないガラクタに強い愛着を抱き、他人がそれを持っていこうとすると激怒することがあります。大人から見ればくだらないと思うかもしれません。しかし、そんなあなたも、他人から見ればどうでもいいものを「手放すのが惜しいから」という理由で大事に持ち続けているかもしれないのです。