北町貫多による鬼畜の所業

芥川賞作家西村賢太は1967年に生まれ、2022年54歳で亡くなりました。ほとんどの西村の作品において、北町貫多という西村自身がモデルの男が主人公です。作品中の貫多はとにかく酷い男なのです。中学卒業後は実家を出て一人暮らしを始めるが、家賃滞納と強制退去を繰り返し安アパートを転々とします。肉体労働や飲食店などのアルバイトをしていましたが、どの仕事も長続きしません。円満退社というケースはほとんどない。ある日突然無断で仕事に行かなくなるくらいならマシな方で、上司や同僚ともめて罵詈雑言を吐き散らしながら職場を飛び出すケースも少なくありません。また付き合った女性に対して暴言を吐いたり暴力をふるったりして、最終的にはひどい別れ方をします。

今回は西村賢太の2016年の作品「蠕動で渉れ、汚泥の川を」より、その主人公北町貫多のひどすぎる行いを紹介します。

その1 店長の温情に付け込んで誰もいない夜の店でやりたい放題

作中の貫多は17歳です。日雇いの肉体労働を転々としていた貫多は求人雑誌で洋食レストランの募集を見つけ応募し、そこで働くことになります。そんな中、貫多は家賃を4か月滞納してアパートを追い出されることになりました。そこで貫多は店長の浜岡に頼み込んで、店の物置になっている3階の部屋で寝泊まりをさせてもらうことになりました。働き出して日が浅いのに随分と厚かましい男ですよね。

住み込みを初めてからまもなく、貫多は閉店後の誰もいない店で、売り物の酒をくすねるようになりました。ビールに関しては1日に2本も盗るとばれる可能性が高いと思い、1本までにしていました。あとは日本酒の一升瓶やサントリーオールドのボトルから少量をくすね、深夜二階の座敷で文庫本を読みながらチビチビやるのが日課になりました。さらにつまみも店から盗んでいたのです。最初は弁当用の桜漬けや焼きのり程度だったのが、寸胴鍋のカレーや作り置きのハンバーグをレンジで温めてつまみにするようになっていました。

さらにさらに、貫多はレジ台に置かれている委託の募金箱にまで手を付けました。50円以上の硬貨を抜き取ってタバコの代金に充てていたのです。無理やり頼み込んで店で寝泊まりさせてもらっているのに酒や食べ物、あげく金まで盗む。恩を仇で返すとはまさにこのことではないでしょうか。

その2 同僚のキュロットの匂いを嗅ぐ

店の後輩に蓑本という女性アルバイトがいました。蓑本は仕事中、紺色のキュロットスカートを履いていたが、退店時にはジーンズ姿になっていることに貫多は気付いてしまいました。蓑本は衣類を持ち帰っている様子もない。それを見て貫多は蓑本が仕事中に着用したキュロットは店の更衣室に置かれているのではないかと推測しました。

貫多は蓑本に対して一度は「クソブス」という評価を下し、嫌悪を感じていた。しかし蓑本が国立大学に通う文学少女と聞いて、インテリ女性に弱い貫多は「その気取った高慢ちきさを辱めてやる」という意味も込めて彼女のキュロットの匂いを嗅いでやろうとしました。

貫多は更衣室に入り、キュロットを発見します。その場で広げて少し顔を近づけてみたが、化学繊維風の匂いがするだけです。貫多はさらに鼻を近づけてみました。

「くっ!」

貫多は喉の奥で叫び声を発しながら、顔を激しく背けました。作中、貫多はその臭いを「とんでもなくケタ外れな、最低最悪の臭気である」と評しています。すっかり冷めてしまった貫多はキュロットを元に戻し「ふざけやがって!役に立たねえ、正真正銘の糞ブスめが!」と怒声を上げます。しかしそののち、貫多は自分の行為のおぞましさに気が付き「小銭や酒はくすねても、やっぱりこう云うことだけは、しちゃあならねえなあ・・・」と自分に言い聞かせるのでした。

その3 関係者に罵詈雑言をまき散らして逃亡

ある日、前夜に飲み過ぎてひどい二日酔いだった貫多はズル休みをして店の3階で横になっていました。1階では店が開店準備をしている中、貫多は前日に買ってきたビニ本を見ながらそのエロスの世界に没入していました。

エロ本鑑賞中にふと気配を感じて振り返ると店長浜岡の奥さんが仁王立ちしていました。奥さんは「何をしてるのよ・・・ここで何をしてるのかって聞いてんのよ!」と激怒します。さらに奥さんは「あんた変態なんじゃないの!」と貫多を罵倒します。作中、このときの貫多の気持ちが次のように描写されています。「エロ本鑑賞しているところを見られただけでも、これは根がどこまでも誇り高くできてる彼にはたまらぬ恥辱である。そこになおも追い打ちをかけるような先のセリフは、根がストイック看板のローンウルフを自任する彼には、到底許されざる暴言である」根がどこまでも誇り高くできている・・・どうやったらそんなフレーズが出てくるのでしょうか。

貫多は逆切れして奥さんに暴言を吐き散らかします。「うるせえババアだなあ。人のズリセンの邪魔をしといて、何を悪びれもせずに開き直ってやがんだ。馬鹿か」さらに暴言を浴びせられた奥さんは、くるりと体を向けて貫多がいる3階を後にします。しばらくすると、奥さんが店長と一緒に上がってきました。

店長は「今すぐ出て行ってもらえるか」と貫多に告げます。当然そうなるでしょう。クビを告げられた貫多は最後に全方位に罵詈雑言を乱射します。

奥さんに対して「ババア」といったことを謝れと店長から言われて「謝れだ?なんでこのぼくが、そのブタババアに謝らなきゃならないんです?そこに立ってるのはブタとババアの合いの子みたいな醜いバケモノじゃありませんか」と言い返します。

これを聞いて激高した店長は貫多にとびかかって3回連続で殴りつけます。さらに、うつぶせの形で貫多の全身を押さえつける。貫多はたまらず「ごめんなさい!ごめんさない!」と連呼してやっと解放されたのでした。

給料なしで追い出されても文句は言えない状況ではありますが、今後一切関わりを持ちたくないと考える奥さんと店長の判断で、貫多はそれまで働いた分の給料を日割で受け取って出て行くことになりました。

貫多は去り際に同僚にも暴言をまき散らします。小柄な高木に対しては「チビ特有のウジウジした劣等感を一生抱えて頑張れよな」。大学で文学をやっている蓑本に対しては「何が近代文学だよ。馬鹿野郎。そんなもん学校なんかで教わったって何の意味もねえし所詮てめえは何物にもなれやしないよ」と吐き捨てます。さらにその後はここでは書けないような酷過ぎる表現で蓑本を中傷しています。パートのおばさんに対しては特にいうべき暴言がなかったのか「邪魔だ、どけ」と押しのけるだけでした。

寝床を提供してもらった恩も忘れ、店長・奥さん・同僚に聞くに堪えない暴言を吐き散らかして店を去っていく。後ろ足で砂どころか、両手で石礫を投げつけるような形で店を後にした貫多。しかしファンはこれに爽快感を覚えるのです。

北町貫多のような人間が身近にいたら絶対に関わり合いたくないでしょう。しかし小説として読むと、なぜか痛快でスラスラ読めてしまうのです。この解説を見て興味をもった人は、ぜひ文庫版を読んでみてください。

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