「大人になると時間が経つのが早くなる」とよく言われます。自分の記憶をたどってみても、小学生の頃は1日、1週間、1学期、1年がやたらと長く感じました。大人になって就職した後は、年を取るごとに1年が過ぎるのが早くなっていると感じます。
ベイラー医科大学のパリヤダスとイーグルマンは、被験者に多くの画像を見せる実験をおこないました。表示される画像はほどんどが同じものですが、ときどき別のものも出てきます。例えば、「紺のスーツ」→「紺のスーツ」→「紺のスーツ」→「自転車」→「紺のスーツ」→・・・といった具合です。すべての画像の表示時間は同じです。しかし、被験者は自転車の画像が表示された時間を、実際よりも長く感じます。
同じスーツを見続けた被験者は、スーツの画像に飽きてしまいます。「またスーツの画像か。次もまたスーツ・・・」スーツは何度も表示された割に、被験者の記憶には残りません。そんなときに自転車の画像が登場すると、「今までとは違う新しい画像だ!」と思って、被験者は注意を奪われます。そして自転車の画像は脳に強く刻まれます。その結果、実際の表示時間よりも長く感じるのです。
子どもの頃は、目新しい経験がたくさんあります。初めての経験は、あなたに高揚感と集中力をもたらし、実際よりも時間を長く感じさせるでしょう。大人になるにつれて、様々な経験を積んで、目新しいことは少なくなっていきます。そして、スーツの画像を何枚も連続で見せられた被験者のように日々の出来事は記憶に残らず、年末に「もう1年経ったのか!」と驚くことになります。
先の実験で、表示されたのが紺のスーツではなく真っ赤なポルシェだったらどうでしょう。初見では、スーツよりもポルシェの方が目を引くかもしれません。しかし、ポルシェの画像が何枚も連続で表示されたら、スーツのときと同様に被験者は飽きてしまうでしょう。刺激的な画像であっても、ずっと見続ければ脳は注意を払わなくなるのです。
小説家という職業は、一般企業の事務員よりは派手で刺激に満ちているようにみえます。しかしそれを生業として日々過ごしていたら、「小説家って退屈な職業だな」と思うかもしれません。華やかな仕事をしていても、派手な生活をしていても、そこに変化や目新しさがなくなれば人は飽きてしまう性質を持っています。
大人になっても新鮮な気持ちを失わずに日々を過ごすにはどうすればいいでしょうか。ひとつは、積極的に新しい経験をしてみることです。年を取ればとるほど、意識しないと新しい経験ができなくなります。「食べたことがない料理を食べてみる」「入ったことがない店に行ってみる」「降りたことがない駅で降りてみる」このあたりは、それほどハードルが高くないでしょう。こんなちょっとしたことでも、新鮮な気分を味わうことはできます。
「行ったことがない土地へ旅行してみる」「新しい趣味を始めてみる」「新たな団体(趣味のサークルや勉強会など)に参加してみる」このあたりは、少しエネルギーが必要ですがその分より強い刺激を受け取れます。
また、いつものルーチンであっても見方によっては新しい経験になり得ます。毎月やっている事務作業でも、月によって多少の変化はあるでしょう。その変化を見過ごさずに「新しい経験」として受け止めてみれば、少しは刺激になります。代り映えのない毎日と思っていても、視点を変えればいつもと違う部分はあるものです。新しいことを始めなくても、毎日を新鮮なものにすることは可能なのです。