世の中を、与える人(ギバー)と、得ること(テイカー)に分けたとき、ギバーに分類される人はわずか2割しかいないそうです。ギバーは世の中で大成功を収めることもあれば、まったく成功しない場合もあります。成功できないギバーは、人を手助けすることに注力し過ぎて、自分のための時間を十分に使えていないことがあるのです。
ギバーに限らず、人は誰かのために何かをすると、いい気分になることがわかっています。貧しい人や困っている人のために奉仕をする団体があります。彼らは金銭やその他の見返りを求めてそういった活動をしているわけではありません。それが目的なら、他のことをしているでしょう。人のために何かをすることで、得られる効用があるのです。
ある実験の話。被験者に、ある単語の同義語を4つの選択肢から選ぶというゲームをさせました。被験者のうち半分は、1問正解するごとに国連世界食糧計画によって貧困国に米10粒が寄付されるという説明を受けます。残りの半分は特に何も説明を受けていません。
ゲーム終了後、2つのグループの間で正解率の差はありませんでした。しかし、正解数に応じて貧困国に寄付がいくと説明を受けたグループは、前向きな気分や幸福感などが大幅に向上していたことがわかりました。米10粒というのは、微々たるものです。貧困国への貢献度はごくわずかなものでしょう。それでも、「たとえわずかでも、貧困国を手助けできる」という気持ちが、本人を幸せにするということです。
別の実験の話。被験者の一部は、なんの落ち度もない人が被害を受けている光景を目にします。彼らは、中立的な気持ちの人たちと比較すると、他人を助けたいというモチベーションが高まることがわかりました。他人を助けると、気分が良くなる。そして、気持ちが沈んでいる人は、他人を助けることによって、沈んだ気持ちを上げたいと考えるようです。
人は他人のために何かをしたとき、幸福度が高まることがわかっています。そしてそれは、金額や労力の多寡に左右されません。困っている人のために1億円寄付した人と、100円を寄付した人とで、「いいことをした」という満足度に大きな差はないということなのです。
人を助けることで、自分が幸せになる。そのことを、多くの人は理解しています。だからこそ、助けを求めればたいていの人は求めに応じるのです。人は自分が困った状況に陥っても、助けを求めることをためらいがちです。しかし、ほとんどの人は直接助けを求められたら、無碍にはできないものです。
もしあなたが困った状況に陥ったら、勇気を出して助けを求めてみましょう。