話に矛盾があってもスルーしてしまう理由

社会学者のガーフィンケルは、1960年代にコミュニケーションに関する実験をおこないました。被験者はカウンセラーに対して、「今の職場は同僚との折り合いが悪いのですが、辞めた方がいいでしょうか」といった「イエス」または「ノー」で答えられる質問をします。カウンセラーはそれに対して、「イエス」か「ノー」のいずれかを答えます。

この実験にはある仕掛けがありました。カウンセラーは、質問の内容に関係なく適当に「イエス」か「ノー」を答えていたのです。カウンセラーには事前に回答リストを渡されていました。最初の質問には「イエス」、2番目の質問には「ノー」、3番目の質問には・・・といった具合のリストです。カウンセラーはそのリストに従って回答していただけでした。被験者はその場で考えた質問をしていますから、回答内容は被験者の質問とはまったく関連性がないといえます。

この状況を聞けば、被験者はすぐに「おかしいぞ」と気付くと思うのではないでしょうか。しかし実際には、ほとんどの被験者がこの仕掛けに気付くことはありませんでした。複数の返答を突き合わせると、矛盾が生じるケースもありました。中には、同じ質問を2回して、それぞれの回答が異なるということもありました。それでも多くの被験者は、「このカウンセラー、言ってることがおかしいぞ」とは思わなかったのです。

この実験結果を聞いて、驚く人もいるかもしれません。しかし、私たちの普段のコミュニケーションを振り返ってみると、納得できるのではないでしょうか。職場やプライベートの会話内容を正確に書き起こしたとします。その内容を精査すれば、矛盾した発言が見つかるはずです。それでも私たちは、いちいちその矛盾を指摘したりはしません。

「今の発言は、5分前の発言と矛盾してるんだけどどういうこと?」
普通の人は日常会話でそんな指摘はしません。そもそも矛盾に気付かないケースも多いと思われます。仮に気付いても「まあいいか」とスルーするでしょう。

不動産において「現況優先」という用語があります。図面や広告の情報と、実際の状態が異なっている場合、実際の状態を優先するという意味です。現況優先というルールに従うと、物件を見に行った際に、広告の写真にはなかった傷があっても、修繕はせずにそのまま引き渡すということになります。

この実験でも、「現況優先」というルールが適用されています。最初に「今の仕事を辞めた方がいいか」と聞いて、カウンセラーが「イエス」と答えて、その後「今の仕事を続けるべきか」と聞いたら「ノー」と答えたとします。

2つの回答は論理的に考えれば矛盾しています。「今の仕事を辞めた後も続ける」という状況は、普通はあり得ません。しかし多くの被験者は、「さっきは辞めた方いいといったじゃないですか!」などと問い質すことはありません。

矛盾をスルーする理由はいくつか考えられます。まずひとつは、矛盾に気付かなかったという理由です。自分が集中していない事象に関して、人は記憶力が限りなく低下します。ぼーっとしながら会話していたら、1つ前の話題ですらなんだったか覚えていないものです。

矛盾に気付いても、再解釈するということもよくあります。実際の被験者も、完全に矛盾した回答を聞いたときに「さっきと真逆のことを言っているけど、カウンセラーも途中で考えを変えたんだろう」と解釈したそうです。

相手のことを好きだったり、信頼していたりすると、その発言に矛盾があってもスルーしてしまう可能性が高まります。友人が怪しい人物を信奉しているとします。他の人が「あの人の発言はこういう点で辻褄が合ってないよ」と指摘しても、友人は「いや、それぞれこういう意図で発言してるので矛盾はしてない」と擁護するでしょう。

このように、人は話に多少矛盾点があっても、気付かなかったり、再解釈してスルーしてしまう性質があります。特に口頭のコミュニケーションでそういったことが起こりやすくなります。文章に落とし込んで、じっくり読んでみると「おかしいぞ」と思う内容でも、口頭でスラスラと話されると「なるほど」と納得してしまいがちです。

重要な場面では、こうした性質を悪用されないようにアンテナを張っておく必要があるでしょう。

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