盗作を疑われた日本画家に、高裁が潔白であるという判断を示しました。2023年3月、画家の國司華子氏が、梅原幸雄氏の作品と自身の過去の作品『発・表・会』が酷似していると日本美術院に申し立てました。日本美術院は申し立てを受け、同年4月、梅原氏に対して「理事解任相当処分」および「1年間の出品停止処分」という判断を下し、日本美術院の展示会に出品されていた梅原氏の作品を撤去しました。
日本美術院はホームページにてこの処分の内容を公表しました。梅原氏は日本美術院からの処分の他、絵の仕事がなくなるなどの影響を受けました。2024年6月、梅原氏は「國司氏の作品を参照した事実はない」として、処分無効の確認、損害賠償、ホームページの記事削除、謝罪広告等を求め提訴しました。
盗作かどうか判断される条件として、類似性・依拠性があります。類似性とは、作成された作品が、既存の他人の著作物と類似していることを意味します。依拠性とは、既存の他人の著作物をもとに作成されたものであることを意味します。
2つの作品の類似性について考えてみます。著作権の問題にならないように、該当の作品画像は掲載しません。ネットで調べて見比べてみてください。梅原氏の作品は、黒髪、おかっぱヘアの女性が窓際に座っているような構図です。絵の右側には3つの能面が飾られています。女性の白っぽいスカートがふわっと大きく広がっているのが特徴的です。一方で、國司氏の作品も、おかっぱ頭の女性が白っぽくふわっと大きく広がっているデザインのスカートを穿いて、座っている構図です。
2つの絵の共通点としては、「座っている女性が主題。おかっぱ頭。白っぽくてふわっと大きく広がったスカート」ということが挙げられます。相違点として以下のようなことが挙げられます。
・画風。梅原作品は写実的。國司作品は抽象的。
・髪の色。梅原作品は黒髪、國司作品は黄色がかった白とオレンジっぽい色。
・女性のトップス。梅原作品は長袖、國司作品はノースリーブ。
・女性の脚。梅原作品は生足のように見え、國司作品はオレンジのタイツを穿いているように見える。
私が見た限りでは、構図は似ているが酷似しているとはいえないと思います。
次に、依拠性について考えてみます。國司氏はこの作品で「春季展賞」を受賞しました。そのとき、梅原氏は審査員として國司氏の作品を見ていたという事実があります。梅原氏は裁判所に、制作過程の資料を提出しました。その資料では、複数モデルを参考にして作品を制作したことや、複数の修正を経て作品が完成したことが示されています。
梅原氏は絵の構図が似てしまったのは偶然だと主張しましたが、理事会は結果的に他人の作品に類似していることが問題であり、処分の根拠としました。東京高裁は、日本美術院の処分は裁量権の逸脱・乱用にあたり違法だとして、日本美術院に220万円の賠償を命じました。
私としては、高裁の判断が妥当だと思っています。構図や服装など一部似ている点はあるものの、これを「類似」というのは無理があるでしょう。このレベルで類似と言われたら、世の中盗作だらけになってしまいます。また、女性の服装やポーズは似ていますが、「國司氏でなければ思いつかない」といったレベルの独創性があるとは思えません。梅原氏も「日本美術院の考えによれば富士山の絵は誰も描けなくなってしまう」と話しています。
日本美術院は、「現時点では判決文を入手していないので、コメントは控えさせていただきます。判決文を精読したうえで、今後の対応を考えてまいります」というお決まりのコメントを出しています。こういうコメントって何万回も見てきましたが、裁判の当事者が判決文を入手していないということはあるんでしょうか。「判決文を読みましたが、コメントしたくありません」とかいう人、組織ってないんですかね。そういうコメントだったら、むしろ潔いと思って私の評価は上がると思います・