人間は有効性を感じたい生き物

「人間は何を求めて生きているのか?」というのは、大きな問題です。「人間は幸せを求めている」というのも、ひとつの答えでしょう。精神分析学の創始者であるジークムント・フロイトは、「人間は本能的に苦痛を避け、快楽を求める」と考えました。

フロイトの考えは正しいように思えます。しかし、人間は必ずしも快楽だけを追求するとは限りません。ときには苦痛を求めることもあります。

毎日苛酷なトレーニングに励むアスリート。トレーニングには苦痛が伴います。トレーニングが好きだというアスリートもいるでしょうが、それでも「きつい。しんどい。やめたい」と思う瞬間はあるはずです。トレーニングの成果として、勝利という報酬を得られれば、そのときは幸せを感じるでしょう。しかし、過酷なトレーニングがまた始まります。負けたときは落ち込むかもしれませんが、切り替えてトレーニングに臨まなければなりません。このルーチンは引退まで続きます。

起業家は立ち上げたばかりの会社を軌道に乗せるため、週に100時間以上働くことがあります。もちろん、働くこと自体が楽しいという側面もあるでしょう。しかし、働いている時間、ずっと快楽を感じてはいないでしょう。経営者は、会社を成功させなければならない、従業員を食わせなければならないといったプレッシャーに常に晒されています。「今日は出勤するのがしんどいなあ」と思う日もあるでしょう。

フルタイムで働いたうえに、家に帰れば睡眠時間を削って要介護者の世話をしている人はたくさんいます。彼らは介護をしていることに快楽を覚えているわけではないでしょう。介護を放棄して、家で自分の趣味を楽しみ、眠くなったら寝るという生活の方が楽なはずです。

このように、人間は快楽よりも苦痛を選ぶことがよくあるのです。では、なぜそのような選択をするのでしょうか。心理学者のE・トーリー・ヒギンズは。「人間には、自分の行為の有効性を感じたいという欲求がある」と主張しています。

アスリートが、苦痛を伴う厳しいトレーニングに励むのは、それが競技力の向上や試合での勝利につながるという有効性を感じているからです。起業家が寝る間も惜しんで仕事に励むのは、それが会社の成長や従業員の幸せにつながるという有効性を感じているからです。有効性を感じられている間は、一時的に苦痛を伴う行動であっても、人はそれを継続することができます。

一方で、苦痛を伴ううえに有効性も感じられない状況に陥ると、人はやる気を失います。日々猛勉強に励む受験生は、「合格に近付いている」という有効性を感じながら勉強を継続しています。どれだけ勉強しても、力がついている感じがしないとか、模試の成績が上がらないといった状況になると、勉強するモチベーションは落ちていきます。

高額の報酬をもらっても、やっていることに有効性を感じられなければ仕事は長続きしません。工場の流れ作業で、ある部品を組み立てる仕事を担当しているとします。次の担当者が、その組み立てられた製品を叩き壊してゴミ箱に捨てる、そんな職場があったら、時給が高くても続けようとは思わないでしょう。

職場で離職率を下げようと思ったら、そこで働く人たちに、自分たちがやっていることの有効性を感じられるようにすればよいのです。「スキルが向上している」「あなたの仕事がこういうふうに役立っている」ということを、明確に伝えることです。そうすることによって、そこで働く人たちのモチベーションは確実に上がるはずです。

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