人間は確率を理解できない

ナシーム・ニコラス・タレブは、著書『まぐれ』で、「物事は私たちが思っているより偶然でできている」ということを説いています。そして、「私たちの脳は確率を理解するようにはできていない」ということも繰り返し説明しています。

まず後者について考えてみましょう。歪んでいないコインを投げたとき、表が出る確率と裏が出る確率は、それぞれ50%です。では、そのコインを投げて表が出たら1万2千円がもらえて、裏が出たら1万円支払うというゲームに参加することを想像してください。

確率論でいえば、このゲームの期待値は

12,000×0.5-10,000×0.5=1,000

上記の計算の通り、1,000円です。したがって、このゲームを十分大きい回数行えば、参加者は回数×千円分の収入が期待できます。しかし、ゲームが1回限りだったらどうでしょうか。ゲーム終了後、あなたは1万2千円を得ているか、1万円を失っているかどちらかの状態しかあり得ません。「千円を得る」という結果にはならないのです。

そのため、もしあなたが「1万2千円増える喜びより1万円失う痛みの方が大きい」と判断したら、数学的には参加すべきゲームであったとしても、あなたはこのゲームへの参加を見送るでしょう。

あなたが重大な病気にかかっていて、統計によると5年後生存率は70%だったとします。つまり、あなたと同じ年齢でこの病気にかかっている人が100人いたら、5年後には70人が生きていて、30人は亡くなっているということです。

70%の確率で生き延びることと、30%の確率で亡くなることは、数学的にはまったく同じ意味です。しかし、人間の脳にはそれが理解できません。5年後、あなたは生きているか死んでいるか、必ずどちらかの状態です。「7割生きている」という状態は存在しないのです。

死亡率30%と言われると、暗い気持ちになります。残された時間で何をしようとか、葬式の準備はどうしようといったことが頭をよぎります。一方、生存率70%と言われると、希望が湧いてきます。完治した後はどこか旅行に行こうかなんて気分にもなるかもしれません。

最初に書いたように、私たちの脳は確率を理解するようにはできていないのです。「治療効果が実証されているが、0.1%の確率で重大な副作用が出る薬」があったとします。それを事前に説明されていたとしても、ほとんどの人は自分がその0.1%側の人間になるとは思いません。そしてほとんどの人には、副作用は現れないでしょう。しかし、1万人がその薬を試したら、重大な副作用が出てしまう人は確実に発生するのです。

自分自身や、身近に副作用が現れた人がいたら、あなたはその薬は危険だと思ってしまうかもしれません。周りにそんな人が全然いなかったら、その薬は安全だと思うでしょう。その薬について、誰がどう評価しようが、確率・統計学的には副作用の発生率0.1%というのは動かぬ事実なのです。

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