人は確率を考えるのが苦手

これからインドへ旅行に行く人たちに、「インドで病気になったら最大300万円が受け取れる保険に、保険料がいくらなら加入しますか」と聞いてみたとします。それとは別の人たちに、「インドで食中毒になったら最大300万円が受け取れる保険に、保険料がいくらなら加入しますか」と聞いてみます。

後者の方が、高い保険料を払う可能性が高いでしょう。冷静に考えてみると、食中毒は病気の一種です。つまり、前者の保険は食中毒を含む病気全般をカバーしています。後者は範囲が食中毒に限定されています。それにもかかわらず、多くの人は後者の保険の方に高い保険料を払うでしょう。

人は抽象的なことに対して保険を掛けることを回避する傾向があります。「インドで病気にかかる」だと、具体的なイメージが湧きません。「インドに行ったらひどい下痢をした」という話は、インドに行ったことがない人でも聞いたことがあるでしょう。「インドで食中毒になる」というのは容易にイメージしやすいのです。そのため、単に「病気にかかる」よりも「食中毒になる」リスクを高く評価し、より高い保険料を払う気になるというわけです。

次の文章を読んでみてください。

リンダは31歳の独身女性だ。非常に知的で、はっきりものを言う。大学時代は哲学を専攻しており、学生の頃は社会主義と差別問題に関する活動に深く関わり、核兵器反対のデモにも参加したことがある。

現在のリンダに関して、より可能性が高いと思うのはどちらでしょう。

A. リンダは銀行員である。
B. リンダは銀行員で、普段はフェミニスト活動をしている。

多くの人がBを選ぶでしょう。しかし、それは論理的にあり得ないのです。世界中にいる銀行員の人数と、世界中にいるフェミニスト活動をしている銀行員の人数、どちらが多いでしょうか。後者は前者の部分集合ですから、前者の人数より多くなることはありません。

リンダに関する文章を読んだとき、多くの人は自分の中にあるフェミニスト活動家のイメージと重ね合わせます。そのイメージに引っ張られて、数学的におかしな結論を導いてしまうようです。

コメントを残す