共感はいいこととは限らない?

心理学者のポール・ブルームは、共感に関する本を出しました。このように書くと、共感することの大切さを説いた本のように想像するかもしれません。しかし、本の内容はまったく逆なのです。本のタイトルは『Against Empathy』、邦題は『反共感論』。共感を批判的にとらえている本なのです。

多くの人が「他人に共感するのはいいことだ」と考えているのではないでしょうか。「あの人の言っていることは共感できる」とか、「この小説を読んでいて、共感できるところがたくさんあった」というのは、好意的な文脈で使われます。また、人が困っているとき、悩んでいるときに、その人に共感を示すことは、問題の解決につながると考える人も多いでしょう。

ブルームは、共感が他人を助けたり、世界をより良くするのに役立つことを認めつつも、そうではない場合もあると主張しています。またブルームは、共感には「認知的共感」と「感情的共感」の2種類があると言います。認知的共感とは、他人の状況を推測し、その立場を想像してみることです。感情的共感とは、対象者と同じ感情をもつことです。

例えば、失業している友人の相談に乗るという場面を考えてみましょう。認知的共感を働かせて、友人が今どんな気持ちなのか想像することは、その後の会話に役立つでしょう。それによって、友人の心をやわらげ、立ち上がる勇気を与える助けになるでしょう。

一方で、感情的共感を働かせるとどうなるでしょうか。失業している友人と同じ感情をもつことにより、友人の話を客観的に聞くことが難しくなるでしょう。その結果、「つらいね」「本当にそうだね」と言って、お互い暗い気分のまま会話が終了してしまうかもしれません。

感情的共感を働かせると、客観的な判断力が鈍ってしまうのです。教師・医師・コンサルタントなどの職業においては、対象者の気持ちは理解しつつも、一定の距離を保つことが必要とされます。「相手の感情はわかるが、同じ感情を共有はしない」というスタンスが重要なのです。

ケガを抱えたプロスポーツ選手が、対処療法で競技を継続するか、手術をして根本的に治療するかの選択に迫られているとします。手術をすると、半年は競技から離れることになります。今シーズン残りの試合は欠場になるでしょう。選手としては、今シーズンは対処療法で試合に出続けて、シーズン終了後に手術をしたいと考えています。

このとき担当医は、医学的な見地からそれぞれのメリット・デメリットを洗い出し、選手に伝える必要があります。医師としてどうするのがよいか、自分の考えも伝えることになるでしょう。このとき、選手の気持ちを理解することも重要です。しかし、選手と同じ感情を共有してしまうと、医学的に正しい決断を下す妨げになるかもしれません。

相手の話を聞き、その考えを理解しつつ、感情の共有まではしない。そういった姿勢を「共感的中立性」と呼びます。共感的中立性をもって相手とやり取りすれば、相手とよりよい関係を築く助けになるでしょう。

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