世界的なコミュニケーションツールの意外なルーツ

2005年、ヤフーは写真共有サービスのフリッカーを買収しました。フリッカーは、写真を共有したりコメントをしたりすることができます。今でこそそのようなサービスは世界中にあふれていますが、フリッカーはその先駆者でした。

スチュワート・バターフィールドは、フリッカーの創業メンバーでした。スチュワートは、フリッカーが買収されてからはヤフーのメンバーとして仕事をしていましたが、2007年にヤフーを退社し、新しい事業を始めるために起業します。

スチュワートが目をつけたのは、オンラインゲームでした。彼は2年以上かけて、グリッチというゲームを開発しました。リリース後は、高評価を得たものの、その人気は長続きしませんでした。

当時は、モバイルゲームの隆盛期でした。ユーザーは、スマホで手軽に遊ぶゲームを好みました。一方で、グリッチはゲーム性が複雑であり、パソコンでじっくり遊ぶように設計されていました。

グリッチは伸び悩みました。何度も修正を重ねましたが、状況は好転しません。ついにスチュワートは、ゲーム事業から撤退することを決意します。この時点でスチュワートは、約20億円の資金を集めていて、手元には5億円が残っていました。

この時点で、スチュワートには2つの選択肢がありました。ひとつは、残金を投資家に返すこと。もうひとつは、ゲームとは別の新しい事業に挑戦することです。スチュワートは後者を選びました。

グリッチの開発チームは、メールを一切使っていませんでした。替わりに、オリジナルのコミュニケーションツールを使って、情報共有や意見交換をしていたのです。スチュワートはこのツールを重宝しており、「これがなければグリッチは生まれなかった」と言っていました。そして、今度はこのツールを世に出せば、お金を出して使ってくれる人もいるのではないかと考えました。

スチュワートのチームは、このツールを一般向けに改良し、2013年にベータ版を公開しました。すると、人気ゲームの開発チームがこのツールを採用したのを皮切りに、多くの企業や組織が採用し始めました。さらに一般ユーザーに公開したところ、たちまち世界中で普及しました。

このツールの名前は「Slack」といいます。slackは世界でも日本でも高いシェアを誇るビジネスチャットツールで、知っている人、使っている人も多いでしょう。世界でも有数のツールとなったslackですが、始まりは社内のコミュニケーションツールだったというわけです。

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