『NEXUS』を途中まで読んで

ユヴァル・ノア・ハラリの著書『NEXUS』を読んでいます。今は上巻の途中なのですが、やはりこの人の文章はワクワクします。論理的、知的なだけでなく、ほんのりユーモアも感じさせます。

序盤でいいなと思ったところ。

もしあなたが物理の事実を無視して爆弾を作ったら、その爆弾は爆発しない。だが、事実を無視してイデオロギーを構築しても、そのイデオロギーは依然として爆発的な力を持つかもしれない。
(ユヴァル・ノア・ハラリ 『NEXUS』p72)

人間が世界を支配するためには、高度な知識は必須です。純粋な戦闘力では敵わない猛獣たちを従わせるために必要な銃、自然災害にも耐えうる建物。そうした文明の利器をつくるのに必要な知識がなければ、人間は今でも虎や野犬の群れに怯えながら暮らす存在だったでしょう。

ただし、そうした知識だけでは人々を団結させることはできないとハラリは説きます。大勢の人間が協力して何かを成し遂げるには、その人たちが共通の物語を信じていることが必要になります。

高波の災害が多い地域で堤防を作ろうと思ったら、堤防を造る知識のある人間だけでなく、大勢の人間の協力が必要です。作業者の中には、堤防造りの知識がない人間が多く含まれているでしょう。そうした人たちが「この地味な作業がどうやって高波を防ぐことにつながるんだ?」と声を上げて作業を放棄したら、堤防はできあがりません。

堤防を造るためには、作業者が共通の物語を信じている状態を作らなければなりません。「この作業が終わったら、堤防が完成して高波に怯えなくてもよくなる」という物語です。

物語は常に真実である必要はありません。むしろ、虚構の物語の方が、人々が信じやすいという側面もあります。貨幣というのは典型的な虚構の物語ですね。それ自体には数円の価値しかない紙切れが、1000倍以上の価値があるという虚構の物語。それを人々が信じているから、貨幣経済が成立しているのです。

コメントを残す