払ったお金は取り返せない

サンクコスト(埋没費用)とは、過去に払ってしまって取り返すことができない費用のことです。費用というのは、お金だけでなく時間や機会等も含みます。何をしても取り戻せないのだから、意思決定に際してサンクコストは考慮する必要がありません。しかし、ほとんどの人は、意思決定するときにサンクコストに影響を受けてしまいます。これを「サンクコストの誤謬」といいます。

あなたは会社の経営者で、10億円の予算をかけたプロジェクトにゴーサインを出しました。しかしプロジェクトは想定外の出来事が重なり、3年で終わるはずが5年経っても終わりが見えません。また、ここまでに費やした金額は15億円、当初の予算を大幅に超過しています。さらに、このプロジェクトが完成したとしても、当初見込んでいたリターンが得られそうにないということもわかってきました。この状況で、あなたはプロジェクトを継続しますか。

「ここまでやったんだから、完成まで続けよう」と考えるのであれば、あなたはサンクコストの誤謬に陥っています。現在までに費やした15億円と5年の月日は、何がどうなっても戻ってくることはありません。したがって、プロジェクトを継続するかどうかは、完成後のリターンを軸に考えるべきです。

プロジェクト始動前に、完成後のリターン予想が20億円だったからゴーサインを出したとします。そして、5年経過後に改めて試算してみて、リターン予想が10億円だったとします。始動前にリターン予想が10億円とわかっていたら、ゴーサインを出さなかったとすれば、5年後にリターン予想が10億円と分かった時点で中止にすべきなのです。

1985年に行われたある実験でも、人はサンクコストの誤謬に陥りやすいことが明らかになりました。被験者はある仮定の質問をされます。「あなたはスキー旅行のチケットを100ドルで買いました。その後、別の場所でもっといいスキー旅行が50ドルで買えることがわかり、そちらのチケットも買いました。ところが後になって、ふたつの旅行は日程が重複していることに気付きました。しかもどちらも払い戻しや転売はできません。あなたは100ドルのそれなりのスキー旅行と、50ドルの素敵なスキー旅行のどちらを選ぶでしょうか」

この実験では、半分以上の被験者が100ドル、つまりより高額な旅行の方を選びました。50ドルの方が内容は優れているのですが、安い方を選ぶと損したような気分になってしまうのです。これは典型的なサンクコストの誤謬の影響です。

実験で想定された状況において、あなたはすでに150ドルを支払っています。そして規定により、そのお金は戻ってきません。100ドルの方に行かないと損をするというのは完全な誤解なのです。

「先に両方の代金を払った」という仮定を取っ払って考えてみましょう。ネットで調べていて、100ドルのそれなりのスキー旅行と50ドルの素晴らしいスキー旅行のパッケージが販売されています。この状況で50ドルの旅行を選ぶ人は、先に両方の代金を支払っていたとしても、同様に50ドルの旅行を選ぶのが合理的といえます。

スマホゲームも、サンクコストの誤謬を利用してユーザーをゲームの世界没入させようとします。多くのスマホゲームは、時間やお金をかけるとレベルアップしたり、アイテムが増えたり、ゲーム内のポイントが貯まっていきます。もちろん、何億ポイント貯めようと、超レアアイテムを手に入れようと、現実世界には何の影響もありません。

多くのヘビーユーザーが、「仕事が忙しいし、ゲームも飽きたし、卒業しようかな」と思ったことが一度はあるでしょう。しかしそのとき、「でも今やめたらこれまでかけた時間や課金が無駄になるな。あのレアアイテムともサヨナラだな」という考えが頭をよぎります。そしてゲームの世界にとどまるのです。

ゲームを続けても、やめても、いずれにせよこれまでにかけた時間とお金は帰ってきません。もしゲームをやめた方が、トータルで考えて自分にとってプラスになると判断するのであれば、やめるのが合理的な判断です。「1年前にやめておけばよかった」と思うかもしれません。しかし1年前に戻ることはできません。

ここまで、サンクコストを判断材料にするのは合理的でないという話をしてきました。それでも人はサンクコストの誤謬から完全に逃れることは不可能です。ただ、何かを決めるときに「自分は今サンクコストの誤謬の影響を受けてないか」と自問するだけでも、より合理的な判断に近付くのではないでしょうか。

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