勤務時間が9時から17時までの会社があるとします。その会社で、一般社員が9時から18時まで勤務した場合、会社は1時間分の追加賃金を支払わなければなりません。もし支払わなければ、会社が違法行為をしているということになります。超過分の支払いがない状態で、所定労働時間を超えて働くことを俗に「サービス残業」といいます。
私が最初に正社員として勤務した会社は、サービス残業が当然というところでした。だいたい定時の1~2時間後くらいに退勤していましたが、毎月の給与は所定の金額を1円も超えることはありませんでした。初めて勤めた会社がそうなっていたので、私としてはそれが普通と思っていて、不満に思うことはなかったのです。
次に勤めた会社も同様に、残業代という概念がないところでした。そこは前の会社よりも実際の勤務時間が長く、繁忙期は9時出勤24時退勤といった状況でした。実態通りタイムカードを押して総務に提出していましたが、やはり支払われるのは所定の給与額のみでした。当時、JASDAQに上場していた会社ですが、上場会社でもそんな感じでした。
私がその会社に勤めて5年ほどしたころに、変化が訪れました。社長が「定時に出勤して、時間内に一生懸命仕事をして、定時に帰れ」と号令を出したのです。これまで何も言われなかったタイムカードについても、厳密に管理されるようになりました。
始業時間前や終業時間後にタイムカードを押したら、翌日には部署内のメーリングリストに晒されるようになったのです。タイムカードは電子化、システム化されていたので、管理者はリアルタイムで状況を把握することができます。
時間超過で晒された社員は、すぐにその経緯と今後の対策を提出しなければなりませんでした。その内容はだいたい以下のようなものです。「定時に業務は終わっていましたが、押し忘れたまま帰り支度などをしていて定時10分後に押すことになってしまいました。今後は押し忘れのないように気を付けます」。
もちろんこれは嘘です。定時を1時間、2時間超えるのが常態化していたところに、急に「定時で帰れ!」と命令しただけでは、定時で仕事が終わるようにはなりません。定時で帰らせたければ、業務量を減らすとか人員を増やすといった対策が必要です。そういった対策は一切なく、ただ定時で帰ることと言われてもできるはずがないのです。
そこでほとんどの社員は、定時になったら急いでカードを押します。その後、改めて仕事を再開していました。当然、管理者もその状況を知っています。知っていながら、経緯と対策を出させて、定型文の書面を受け取って「次から気を付けるように」などと言っていたわけです。
そもそも会社はなぜ急に「定時で帰れ」と言い出したのでしょうか。当時会社は、JASDAQから東証二部への市場替えを目指していました。東証二部は、JASDAQよりも株式上場のハードルが高くなります。売上や利益といった決算数値だけでなく、コンプライアンスも重要になってきます。サービス残業が常態化しているということが発覚すると、東証二部に昇格することが難しくなる可能性がありました。
そこで会社は急に「定時で帰れ」と号令を出したのではないでしょうか。私はこのとき上場関連の業務には携わっていなかったので、あくまで推測です。ただ、それまで1日の勤務時間が12時間を超えるようなタイムカードを提出しても、完全スルーだったのが急変したのは、そうした事情があったと考えると納得できます。
逆に言うと、こうした外部からの圧力がないと変わることができないということかもしれません。変わったといっても、実態はタイムカードを整えただけですが・・・