意外と親切な私たち

他人に何かを依頼するとき、人は心理的負担を感じます。感じる負担の大きさは、依頼内容や相手との関係性によって変化します。

親しい相手に「ペンを貸して」と依頼する場合は、さほど気兼ねすることはないでしょう。一方で、3年以上連絡を取っていない知り合いに、「お金を貸してください」と依頼するのは勇気が要ります。

私たちはなぜ人に依頼するとき、心理的負担を感じるのでしょうか。その原因は様々です。まず、「断られたらどうしよう」という不安があります。また、依頼が承諾された場合には相手も幾ばくかの負担を負うことになります。そのことに対して「申し訳ないな」という思いもあります。

他には、自尊心が傷つけられることへの恐れもあります。例えば、何かの操作方法を教えてほしいと依頼するとき、「こんなこともわからないのか、と思われないだろうか」といった不安を抱く人もいるでしょう。

現代人は、人に何かを依頼することを躊躇する傾向がより強くなっているようです。ある大学教員の著書によると、最近の学生は級友からペンを借りるとき、ストレートに「ペン貸して」と言わず、「ごめん、もう1本ペン持ってたりとかしない?」といった表現を使うというのです。

「もう1本ペン持ってたりとかしない?」というのは、もちろん純粋な質問ではありません。「あなたが持っているペンの他に、もう1本ペンを持っているのであれば貸してほしいな」という気持ちを伝えています。級友からペン1本借りることすら、遠慮してしまう気持ちがあるようです。

心理学者のミルグラムは、大学院生から被験者を募り、ニューヨークの混雑した地下鉄で、乗客に席を譲ってもらうよう依頼するという実験をおこないました。それは被験者の学生たちにとって、トラウマになるほどの体験になりました。

多くの被験者は、依頼対象となる乗客に近付くだけで胃が痛くなったり、心臓がバクバクしたりしたといいます。実験では、ひとりの被験者が複数の乗客に声をかける予定でしたが、一人にしか声をかけられなかった被験者もいました。私たちは些細な頼み事をするだけで、ひどく不快な気持ちになることがわかります。

この実験で、依頼に応じた乗客はどれくらいいたと思いますか。学生の依頼に応じて席を譲った乗客は68%もいました。依頼をおこなった被験者は大学院生ですから、その多くは若くて健康そうに見えたことでしょう。それでも7割近くの乗客が席を譲ったというのは、意外な結果ではないでしょうか。

実は、私たちが思っている以上に、人は他人からの頼みごとを受け入れてくれます。コロンビア大学でおこなわれた実験では、被験者である学生が、キャンパス内の見知らぬ人に5分から10分ほどかかるアンケートに協力するように依頼しました。

この実験で、5人分のアンケート協力者を得るのに何名に声をかける必要があるでしょうか。被験者は平均で約20名と見積もりました。しかし実際には平均で約10名でした。だいたい半分の人が、見知らぬ相手からのアンケート依頼に応じたのです。大学のキャンパス内での実験ですから、同じことを街頭でやれば、協力してくれる人は少なくなるでしょう。とはいえ、半分も協力してくれたというのは意外な結果ではないでしょうか。

行動学教授のボーンズによると、見知らぬ人に様々な頼みごとをした研究を分析し、被験者が成功率を約48%も低く見積もっているそうです。つまり、私たちが思っているよりも約2倍、人は他人の頼みごとに協力してくれるということなのです。

コメントを残す