以前のブログでも紹介した『一流家電メーカー「特殊対応」社員の告白』を再度紹介します。この本の筆者は、大手家電メーカーA社のショールームで顧客対応をおこないつつ、公にはできない事情がある「特殊対応」を任されていました。例えばVIP客であったり、反社会的勢力絡みの対応であったり。
ある日、筆者の笹島氏のもとに、宇野川さん(仮名)という女性が所有しているA社製のノートパソコン「コンプノート(仮称)」に関するサポートの依頼が舞い込みます。その内容は「故障したコンプノートに録画していたドラマ『宮廷女官 チャングムの誓い』を、交換用の別のコンプノートにコピーしてほしい」というものでした。
テレビの視聴や録画ができるパソコンが故障した場合、録画した番組は再生不可能になるというルールがあります。これは番組の著作権を守るために業界内で決められたルールです。DVDなどのメディアにコピーすることは可能なのですが、今回のケースではパソコン自体が故障しているため、それもできません。今はネットフリックスやアマゾンプライムなどの動画視聴サービスを使えば、たいていの有名なドラマは視聴できます。しかし、この一件はそれらのサービスが普及する前の話です。
要するに、宇野川さんの要望は技術的に対応不可能でした。一般の顧客であれば「無理です」といってお断りするケースです。しかし、宇野川さんは「特殊対応」が必要な案件でした。今回の要望はA社と関係が深い某社の役員X氏からのものでした。笹島氏の上司は「技術的に無理なのであれば、納得してもらえるまで誤ってこい」と指示しました。さらに笹島氏は「X氏と宇野川さんとの関係は社内外を問わず一切の口外を禁ずる」と厳命されました。この指示内容だけでふたりの関係性は推測できてしまいますが・・・
笹島氏は宇野川さんの自宅を訪れ、故障したというコンプノートを点検します。まず電源を入れてみて、起動しないことを確認します。そしてパソコンを分解し、ハードディスクを取り出して専用の機械に取り付けて解析をおこないます。パソコンの中には録画ファイルがあることが確認できました。しかし、それをコピーしても先ほど説明した理由により他のパソコンでは再生できません。
すべては訪問前からわかっていたことでした。しかし笹島氏は「懸命に修理にあたっています」というアピールのために一連の作業を進めます。これはサポートの仕事ではよくあることです。笹島氏は宇野川さんに「録画していた番組を救い出すのは難しそうです」と状況を伝えます。すると、宇野川さんは叫びだします。「番組を返せ!すぐに返せ!」
「番組を救い出すのは不可能」ということを納得してもらえないことを悟った笹島氏は、ある提案をします。「復元がどうしても不可能な場合は、『チャングムの誓い』のDVD全巻セットを購入してX氏からのプレゼントという形で贈呈する」というものです。
この対応は、A社からも事前に許可を得ていました。しかしサポートとしては禁じ手です。番組を録画していたパソコンが壊れたからDVDセットを進呈するという対応をすべての顧客に適用していたら、会社は潰れてしまいます。
このように、一般の顧客であれば門前払いになるような要望であっても、特殊対応案件であれば厚遇してもらえるようです。メーカーに「こういう特殊対応ってあるんですか」と聞いても、確実に否定されるでしょう。