人がゴシップ大好きなわけ

ボツワナ北西部の部族を長年にわたり調査した結果、会話の約60%は仲間の誰かに対する批判を含んだネガティブな内容でした。誰かをほめるような内容は7%しかありませんでした。

これは現代の日本でも同じでしょう。テレビやネットでは、毎日誰かの不倫、不正、その他規範を逸脱した行為が報じられています。ネガティブな内容がほとんどで「誰かがこんな素晴らしい行いをした」といったニュースはあまり目にすることはありません。

職場での会話も「あの上司のやり方はおかしい」とか「あの人はこんなに仕事ができない」といった内容が多いのではないでしょうか。「あの人の仕事ぶりは素晴らしいですよねえ」といった話題で盛り上がる職場というのは珍しいでしょう。

人がゴシップやネガティブな話題が好きなのは、これまでの人類の歴史が原因だという説があります。人類が進化して共同生活を営むようになると、集団の構成員がみな規範を守ることが重要になってきます。

行くなと言われている場所に言ったり、食うなと言われているものを食べたりすると、当人だけではなく集団全体が危機に陥るリスクが生じます。そのため、集団の構成員には規範を守ることを徹底させて、ルール違反をしたものには厳しく対処する必要がありました。

不倫というのは、配偶者や子どもたちに対する裏切りです。家族は深刻な苦痛を受けるでしょう。一方で、部外者にとっては何の関係もないことです。ところが、有名人の不倫が発覚すると人々は大騒ぎし、当人を批判します。「既婚者は浮気をしてはいけない」という規範があり、それを破った人は裏切り者として認定されます。有名人ひとりが不倫したくらいで社会が崩壊することはないのですが、過去の名残で私たちは必要以上に不倫した人を責めてしまうようです。

SNSでは「こんなマナーの悪い人がいた」という投稿が流され、その内容やタイミングによってときに大きくバズります。「よくない行為かもしれないけど、こんなによってたかって袋叩きにしなくても・・・」と思うこともあります。

大昔の人類は、せいぜい数十人程度の集団を維持するために規範を設けました。違反すれば数十人から責められます。ネットが発達した現代では、店員に失礼な行動を取ると、場合によっては数百人、数千人の会ったこともない人たちから人間性を否定するような言葉を浴びせられます。「最初からやらなきゃいいだけ」といってしまえばそうなのですが、犯した罪と受ける罰が釣り合っていないケースもあるような気がする今日この頃です。

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