苦手を克服なんてしなくてもいい

日本の学校教育では「苦手をなくす」ということに重点が置かれている気がします。小学校で算数が得意であるが、社会が苦手という生徒がいたら、通信簿には「社会もしっかり勉強しましょう」などと書かれてしまうでしょう。学科が得意であるが、運動は苦手という生徒がいたら「運動も頑張りましょう」と言われるでしょう。逆もまた然り。

「苦手をなくす」という方針は、少なくとも大学受験までは有効です。大学受験では、苦手科目を作らないことが重要になってきます。例えば3科目受験で、1つ決定的に苦手な科目があると、それが足を引っ張って合格が難しくなります。そこで受験生は、得意科目を伸ばすよりも苦手科目で壊滅的な低得点を取らない方にエネルギーを注ぎます。

受験においては、どんな得意科目であっても、定められた満点以上は取れません。ある受験生が数学の天才で、入試では時間を半分以上余して満点を取れるとします。また別の受験生は、数学がそこまで得意ではないが努力によってギリギリ満点を取れるとします。数学の才能においては、前者の方が圧倒的に勝ってたとしても、入試の得点はどちらも100点で、差は付きません。受験では何か突出した得意科目があることよりは、苦手科目がないことの方が重要視されるのです。

このように、大学受験までは苦手がないことが重視されます。しかし、ひとたび社会に出ると話が変わってきます。ある分野で突出した能力があることの方が重要になってくるのです。

事業会社において、営業・マーケティング・経理・総務・人事・IT等の能力がいずれも80点くらいの能力がある人材、Aさんがいたとします。Aさんが営業部門に配属されたら、営業力が90点のBさんの方が高い評価を受けます。Bさんが他のジャンルではAさんよりも劣っていても、その評価は変わりません。

社会人になると、その人が専門とする領域でどれだけ能力があるかということがフォーカスされます。もしあなたが不動産の営業の仕事に就いているとしたら、不動産の知識や営業のスキルを磨くことに注力すべきです。もちろん、営業マンが経理の知識を付けることや、IT関連の勉強をすることは無駄にはなりません。しかし、それらの優先順位は劣ります。

IBMの創業者トム・ワトソンは「私は天才ではない。私には人より優れた点がいくつかあって、その点の周りから離れないようにしているだけだ」と語ります。成功するには、自分が優れている点を伸ばすことが重要であるということを示唆しています。

先に述べたように、どんな優秀な人であってもペーパーテストでは満点を超える点は取れません。平均点が100点満点中50点だとしたら、最高でも100点、平均より2倍優れた得点にとどまります。

ビジネスの世界では、トップクラスの人材と平均的な人材の差は、ペーパーテストの世界と比較してはるかに大きなものになります。一部のエリートプログラマーは、平均的なプログラマーの何十倍、何百倍もの生産性を発揮します。平均的なプログラマーが半年かかって完成するアウトプットを、エリートプログラマーは数日で完成させることもできるのです。

もしあなたが受験生でないのであれば、自分が苦手なものばかりに目を向けるのはやめた方がいいでしょう。いくつかの分野で、平凡であったり、平均以下の落ちこぼれであっても気にする必要はありません。大事なのは、ひとつ以上の分野で突出していることなのです。

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