今回は「正直であることで損をする場合がある」という話をします。
私は以前ネット上で写真を販売するサービスを展開している会社に勤務していました。以下のようなビジネスモデルです。
学校などが主催する各種イベント(運動会・文化祭・展示会・・・)に会社からカメラマンを派遣します。カメラマンが撮影した写真を、会社の販売システム上にアップロードして、保護者や関係者がその写真を購入します。カメラマンの派遣料は会社が負担します。写真の売上はいったん全額会社に入り、そのうち一部が契約した割合に応じて学校等の主催者に支払われます。学校としてはカメラマン派遣や、写真販売のための手間が省けるというメリットがあるシステムです。
ある学校の運動会にカメラマンを派遣したときの話です。私はその件を直接担当していませんでした。そのカメラマン(仮にAさんとします)から会社の担当者に「撮影したデータが消えてしまった」という報告がありました。
Aさんは撮影終了後、カメラのSDカードに入っているデータを作業用PCに保存して、SDカードのデータを消去していました。そうしないとSDカードの中身がすぐにいっぱいになって、次の撮影データを保存できなくなってしまいます。ところが、そのときAさんは運動会の撮影データをPCに保存できていませんでした。それなのに、SDカードのデータを削除してしまったため、データがごっそり消えてしまったのです。
会社の担当者はそのSDカードを送るようにAさんに指示しました。担当者はこういったケースを何度か経験していました。そのときの経験を生かして、消えたデータの復旧を試みました。しかし、何度試してもうまくいきませんでした。
次に担当者は、会社のシステム部門に相談しました。システム部門でそういったことに詳しいエンジニアに見てもらったのですが、エンジニアもデータを復活させることができませんでした。
そこで担当者は外部のデータ復旧専門の会社に相談してみました。復旧会社にSDカードを送って、復旧できそうかどうか、できるなら料金はいくらになるか見積もってもらいます。復旧会社から「データ復旧は可能です。障害の程度が重いので、復旧料は20万円です」という回答が戻ってきました(金額は正確に覚えていないのですが、20万は超えていたように思います)。
運動会の写真を販売した場合、売上の相場は多くても10数万円くらいです。そこからカメラマン派遣費用やその他コストを引けば、利益は数万円程度です。復旧料を払ったら大赤字です。担当者は上司に相談しました。
上司の答えはこうでした。「撮影したデータが消えたとなると、会社全体の信用にかかわるから、データは復旧させよう。ただし、復旧費用はカメラマンにも半分もってもらう」。カメラマンが会社で雇用している社員であれば、復旧料金を折半というのはまず通りません。しかしAさんは業務委託で依頼した臨時スタッフでした。この場合、Aさんに対して復旧費用の半額を負担させることが可能か、会社の法務部門でも検討がおこなわれました。検討の結果、「可能」という結論に至りました。
Aさんが「半額負担するのは不当だ」と主張したら、恐らく会社は諦めざるを得なかったでしょう。支払いを求めて裁判を起こしても、会社側の主張が通る保証はありません。もし満額支払えという判決が出たとしても、裁判コストで赤字になります。
しかしAさんは、復旧費用を半額負担することに同意しました。その後、会社が復旧費用の全額を支払ってデータを復旧し、合意した負担額分の請求書をAさんに送って、Aさんが会社に支払うという流れで事態は進みました。主催者にはデータ消去が発覚した時点で報告・謝罪し、データ復旧後は通常の流れで写真が販売されました。
この一連の顛末を聞いたとき、私はふと思いました。もしAさんが撮影をすっ飛ばしたとしたらどうなっていただろうかと。この場合、当然Aさんの報酬はなしになります。そして今後Aさんに仕事を依頼することはなくなるでしょう。Aさんのペナルティはそれでおしまいです。
撮影を飛ばしたことによる損害賠償請求をすることも理論上は可能ですが、双方が納得するような根拠をもって賠償額を算出することには一定のコストがかかります。一方でデータ復旧の場合は、復旧費用が明確なので、あとは負担割合を詰めるだけになります。
もしAさんがデータを消去してしまったことに気付いたときに、正直に報告せず「SDカードを紛失してしまった」と言ったらどうなっていたでしょう。データを保存していたSDカードが存在しないのでは復旧しようがありません。撮影を飛ばしたケースと同様に、報酬なしということで決着していたと思います。
撮影を飛ばしたら報酬がなくなるだけで済む。データを消去しても「SDカードを紛失した」と噓をつけば報酬がなくなるだけで済む。しかし正直に「データを消してしまった」と報告したら、復旧費用として10万円を負担することになった。
このことを思い出したとき「正直者がバカを見る」というのはこのことなのかなと考えてしまいます。