雇用契約と業務委託契約

フリーアナウンサーの川口ゆり氏がSNSで男性の体臭に関する投稿をしたことがきっかけで、所属している事務所から契約解除となった件はご存じの方も多いでしょう。この件に関して「解雇はやりすぎ」という声もありました。

事務所が発信している情報からすると、このケースでは「解雇」ということばは適切ではありません。解雇というのは、使用者(会社など)が労働者(社員など)に対して一方的に雇用契約を解消することです。しかし、川口氏は所属事務所と雇用関係にはなかったようです。所属事務所はホームページで「業務委託契約を続けることは困難」と記載しています。つまり川口氏とは業務委託関係にあったと考えられます。

日本において、会社が社員を合法的に解雇するためのハードルは非常に高く設定されています。「K放送会社アナウンサー朝寝坊解雇事件」というのがそれを示す有名な例です。放送局の社員アナウンサーA氏は、放送局に泊まり込んで朝6時のラジオニュースを読む予定でしたが、6時20分頃まで仮眠していたためニュースに穴をあけてしまいました。A氏はその2週間後も、寝坊をして6時のラジオニュースを約5分間放送できませんでした。2回目の寝坊に関して、A氏は上司に報告しませんでした。その後上司の知るところとなり、事故報告書の提出を求められましたがA氏は事実と異なる報告をしました。放送局は就業規則に照らして懲戒解雇が相当であると考えましたが、A氏の将来を考えて普通解雇としました。その後A氏は解雇は無効として裁判をおこしました。

みなさんはこの解雇を妥当だと思いますか。それともやりすぎと思いますか。裁判の結果は、A氏側の勝ち。すなわち、解雇を権利の濫用として無効とする判決が下ったのです。判決文の要旨は以下のようなものです。

ニュースというのは定時放送が使命であり、2週間で2回も寝坊により事故を起こしたことは放送局の信用を失墜させるものである。また、2回目の事故ではすぐに自分の非を認めなかったということも良くなかった。とはいえ、事故の原因は本人の寝坊という過失によるものであり、故意・悪意によるものではなかった。また、担当アナウンサーを起こす担当者も寝過ごしていたことや、A氏はそれまでの勤務成績には問題なかったことなどを考慮すると、解雇は苛酷すぎるといえる。

こうした判例から考えると、もし川口氏が事務所と雇用関係にあったと仮定すると、今回の1件だけで解雇するのは法的に難しいでしょう。ただしアナウンサーや講師として表に出る職種から、裏方への配置転換などはあるでしょうね。

現実には雇用契約ではなく、業務委託契約が結ばれていたようなので、こうなると話は大きく変わってきます。業務委託契約に関しては、雇用契約よりも解除のためのハードルが大きく下がります。今回のケースでも「あなたは業務委託契約のこの部分に抵触したため契約を解除します」という通達が会社からあったと思われます。雇用契約であれば、契約解除は不当だとして争えば勝てる可能性があります。しかし業務委託契約の場合は、覆すのは困難です。

そもそも、アナウンサー・講師事務所における業務委託契約というのは仕事ベースで報酬が発生するのが普通です。多くの場合、契約を結んで所属しているだけでは報酬は発生せず、所属タレントがイベントの司会や研修講師などの仕事を委託された時点で報酬が発生します。したがって、川口氏が事務所と契約を継続したとしても、今後事務所から川口氏に仕事が依頼されることは困難になるでしょう。契約を解除されなくても、川口氏がこの事務所に居続ける意味は実質なくなっているのです。

ちょっとした一言が命取りになる時代。発信する前に「本当にこれを全世界に流していいのか?」と確認するのがよいでしょう。

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