人間の記憶に関する話

人が物事を記憶するとき、編集作業が行われています。あなたが今日、朝7時に起きて夜7時になって一日を振り返るとします。起きてから今に至るまでに12時間経過しているわけですが、振り返りにかかる時間は数分程度でしょう。

あなたが起きてから12時間、五感を通じて経験したことのうち99%以上は編集でカットされているわけです。普段と変わりないことや、あなたにとって取るに足りないようなことはまずカットされます。

例えば、朝徒歩で駅まで行って、途中駅で1回乗り換えて会社の最寄り駅で降りて会社に到着したとします。それがあなたにとって日常であれば、今日の振り返りにこのシーンは登場しません。もし普段と違ってひとつ先の駅まで歩いたとか、電車内で乗客同士のケンカが起きたとか、会社に到着する前に意外な人と鉢合わせしたなど、普段とは異なる経験をしたのであれば、そのシーンは今日の思い出として登場するでしょう。

会社に到着後も同様に、いつもと同じでインパクトのない経験であれば、そのシーンはカットされます。あなたにとって変わったこと、特別なことが何もなければ、一日を振り返るときに「今日は何もない日だったなあ」と思うかもしれません。しかし実際には12時間の間に無数の経験をしているのです。あなたというディレクターによって、ごっそりカットされたにすぎません。

編集作業はカット以外にもあります。元データを書き換えることもあるのです。あなたが仕事中にミスをしてしまったとします。あなたは「自分がこんなミスをするなんて」とショックを受けます。このミスについて、完全に自分の責任と認めてしまうとあなたのアイデンティティが崩れてしまう。「これくらいの仕事はノーミスでできる」という自己認識が崩壊してしまう。それを受け入れられないあなたは「それまで残業続きで集中力を欠いていた」とか「上司からの指示の仕方が良くなかった」など、自分の都合のいいような解釈を加えて、同時に記憶も修正します。そうすることで、自尊心や精神の健康を保っているのです。

カットされずに残った記憶も、時間の経過とともに薄れていきます。その日の昼に何を食べたか、いつものメニューであってもその日の夜であれば思い出せるでしょう。しかし3日前、1週間前の昼に何を食べたか思い出せる人は少ないと思います。

古い記憶というのは、どんどん脳の奥深くに沈んで行って取り出すのが困難になります。古い記憶を定着させるには、繰り返し引っ張り出すことです。自分がすっかり忘れていた過去の話題になったとき、最初は「そんなことあったっけ?」と思うでしょう。しかし話しているにだんだんと「ああ、そういうことがあったな」と思い出します。何度か同じ話をすれば、すっかり思い出すでしょう。

人の記憶については、長年研究されていますがまだまだ分からない部分が多い分野です。これまでの話は、現在科学的にわかっていることに私なりの解釈を加えたものですので、その点はご了承ください。

コメントを残す