1週間7日制は古代バビロニア(紀元前1900年頃~紀元前1595年)で始まったといわれています。旧約聖書において、神は6日間で世界を創造し7日目に休んだことから、キリスト教圏では1週間を7日として1日は休みとする文化が広まりました。日本では週7日制は明治初期に採用されました。
現代では1週間が7日というのが当然のようになっていますが、約100年前の旧ソビエト連邦では週5日制が採用されていました。
1929年10月1日、ソ連政府はこれまでの週7日制を廃止し「ソビエト連邦暦」を採用しました。ソビエト連邦暦では1週間は5日となり、黄曜日・桃曜日・赤曜日・紫曜日・緑曜日と色で分けられました。
さらに国民は5つのグループに分けられ、黄・桃・赤・紫・緑のいずれかの曜日が休みになりました。つまり、どの曜日においても1グループが休みで、それ以外の4グループは働いています。ただし、年に数日は全国民共通の祝日が設けられました。
週5日制の狙いのひとつは、生産性の向上です。これまでは日曜日は工場が休業となり生産活動が停止していましたが、週5日制では工場を休業日なしで稼働させ続けることができます。しかし、実際には政府の狙い通りにはなりませんでした。
まず、機械を休みなしで動かし続けた結果、故障が頻発しました。また、国民の生活にも多大な支障が発生しました。
週5日制において、家族や友人が同じグループになるとは限りませんでした。家族が別グループになると、共通の祝日以外はずっと休みが合わなくなります。当時のソ連では国民から「休みになっても家族や友人と過ごせない。ひとりで過ごす休日なんて意味はない」といった不満が上がりました。
1931年に週5日制は廃止され、週6日制が導入されました。週6日制では、毎月6日、12日、18日、24日、30日を共通の休日とし、共通の祝日が1日追加されました。週6日制は約10年続けられましたが、1940年に週7日制に戻されることになりました。