施設警備員が書いた本

施設警備員ということばを知っているでしょうか。公共施設やビルなどに常駐している警備員のことです。日本で生活していれば、施設警備員を見たことがないという人はいないでしょう。今回は港区の高層ビルで施設警備員をやっていた堀田孝之氏の著作『気がつけば警備員になっていた。」を紹介します。

堀田氏は1984年生まれ。横浜国立大学に入学しますが、友達が一人もできなくて寂しいという理由で中退します。その後、映画専門学校に入学。映画監督を目指していた著者は、200人いる同級生の中から数人しかできない「卒業制作の監督」に選ばれます。

ところが、卒業制作で作った映画『33万ペソの恋』は、著者の表現によると「黙殺」されました。誰にもなんの感想も言われなかったそうです。卒業制作で大失敗をしたと思った著者は、映画業界への道を諦めます。その頃、専門学校の同級生と恋仲になり、相手は妊娠します。著者は24歳で結婚。雑誌の編集プロダクションに就職します。

この編集プロダクションでは、アダルト系やサブカル系の雑誌を作っていました。筆者は日中AV女優の撮影を終えた後、アイドルのグラビア誌を作り、深夜からサブカル系の原稿を書くという生活を繰り返していました。1週間会社で寝泊まりし、土曜の朝に帰宅することも少なくなかったといいます。

そんな著者に限界が訪れます。午前3時、アダルト誌のグラビアに「発育が止まらないプルプル爆乳ギャル!」というキャッチコピーを書いた瞬間「逃げよう・・・」と思ったそうです。明け方、筆者は東京駅から北へ向かう鈍行列車に飛び乗りました。宮城県まで行って3日滞在した後、我に返って東京に戻ります。退職の手続きは筆者の奥さんが済ませていました。しかし家族を養うため、何らかの仕事はする必要があります。筆者はハローワークで施設警備員の仕事を紹介され、26歳のときに警備会社に契約社員として入社しました。

・・・ここまでは施設警備員になるまでの序章です。序章の段階で、かなり挫折を経験してきていますね。個人的には「発育が止まらないプルプル爆乳ギャル!」というキャッチコピーを書いた瞬間に「逃げよう・・・」と思ったというところが心に残りました。

アダルトコンテンツが好きな人でも、それが仕事になると冷めることがあるでしょう(私はそういう仕事をしたことがないので想像に過ぎませんが)。深夜3時、疲れ切った時間帯に「発育が止まらないプルプル爆乳ギャル!」などという文言を書いていたら、「俺は何をやっているんだ?」と我に返るのも無理はありません。

さて、この本のメインは施設警備員の体験談です。興味深いエピソードはいくつもあるのですが、ここで紹介したいのは「ルールを厳格に適用するか、柔軟に対応するかのジレンマ」にまつわるエピソードです。

筆者が勤務していたビルは、企業・飲食店・各種ショップが複数入居していました。テナント企業で働く社員の「開錠依頼」対応も重要な仕事です。社員が執務室に入るには、その会社のセキュリティカードが必要になります。社員がセキュリティカードを執務室内に忘れてしまった場合は、中にいる社員に開けてもらうことになります。しかし、夜間で社員が自分しかいない場合、締め出されて中に入れなくなってしまいます。そのような場合、社員は警備員がいる防災センターにかけこんで「開錠依頼」をおこないます。

もちろん「開けてください」と言われても無条件で開けるわけにはいきません。そのビルのルールでは、まず開錠依頼書に記入してもらいます。それから「緊急連絡先リスト」を持ってきます。リストにはテナント企業の緊急連絡先が3人分載っています。その連絡先に電話をして、開錠依頼があることを伝えます。その後、緊急連絡先の相手と依頼者を直接電話で話させて、本当の社員であることを確認してから開錠することになります。

開錠依頼があれば、深夜早朝でも電話します。緊急連絡先の3人に電話して誰も出なかった場合、依頼者が望むのであれば電話に出るまでかけ続けます。たいていは途中で諦める人が多いそうです。

依頼者がごねてきた場合、ルールをどれくらい厳格に適用するかという問題に直面します。深夜に締め出された社員としては「夜中に緊急連絡先になっている社員に電話をして迷惑をかけることは避けたい。ヘマをしたことを知られたくない」といった心理が働きます。そこで、写真付きの社員証を見せて「ほら、ここのテナントの社員でしょ?電話しなくても開けてもらえるよね?」と言ってくることが考えられます。

しかし、その社員証が偽造である可能性も否定できません。もしルールを曲げて社員証提示だけで開錠し、後でそれが偽造だったということが判明したら大問題になってしまいます。筆者の働いていた現場で、山田さん(仮名)という隊員が電話確認なしで開錠依頼に応じたそうです。実はその社員は会社とのトラブルで退職することが決まっていて、会社はその社員の営業時間外の入室を警戒していました。山田さんの勝手な判断でその社員が入室したことが知られて、大クレームになり山田さんは現場を外されたということがありました。

そうかと思えば、ルールを厳格に適用して「電話確認がないと開錠できません」と突っぱねた結果「警備員が融通を利かせない」とカンカンになってクレームになったという事案も紹介されています。

警備員側からすれば「どうすればいいんだよ?」という話ですね。このような問題は警備の仕事に限らず、様々な職種で発生します。今回の場合は、警備会社の依頼主であるビル管理会社がぶれないことが重要です。

ルールを逸脱したら怒り、ルールを厳格に適用したら怒り、という姿勢では何もできなくなってしまいます。例えば、テナントと契約時に「緊急連絡先に電話して確認が取れない限り開錠依頼には応じない」ということを明示し、サインしてもらうなどして証拠を残すのがよいでしょう。

テナントから「融通が利かない!」とクレームが入っても、管理会社が「契約書に明示してあります」と毅然とした対応をすれば、警備員も迷わず対応ができます。

あとは顔認証、指紋認証などを導入するという方法もあるでしょう。これなら物理的に「忘れる」ということはありません。体ひとつで入れます。

私が以前勤務していたビルは、オフィスに通じるエレベーターホールに入るには警備員に入館証を提示する必要がありました。入館証を忘れた場合、執務室にいる社員に連絡して迎えに来てもらいます。社員証などを見せて「入れてください」と言っても認めてもらえませんでした。

これに関して、たびたび入館証を忘れる同僚が「いつも挨拶してるじゃん!なんで入れてもらえないの!」と怒っていましたが、これはむしろその警備会社がしっかりしている証拠でしょう。

さて、この本は他にも興味深いエピソードがあるのですが、分量が多くなってきたのでまた次回紹介したいと思います。

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