組織で事故や大きな問題が発生すると、再発防止策が講じられます。大抵の場合、再発防止策の一環として、その事故を踏まえてマニュアルが更新されることになります。事故が起こるたびにマニュアルが更新されて「必ずこれこれの確認をすること」「このとき絶対にこれこれはしないこと」という注意書きがどんどん増えています。
これが行き過ぎると「いい仕事をしよう」「改善できるところは改善しよう」といった意欲が落ちていきます。そしてミスをしないことだけを考えて仕事をするようになります。ミスをしないことは大事なのですが、それだけを考えている人だらけになると組織は停滞します。
マニュアルを軽視してもいいと言っているわけではありません。ただ、世の中に完璧なマニュアルは存在しません。あらゆる可能性やリスクを網羅したつもりのマニュアルを作っても、そのマニュアルでは対応できないような想定外の出来事がいつか起こります。
ここで重要なのは、組織に属する個々のメンバーが、マニュアルにはないが組織の改善やリスク回避のために必要な行動を自発的にとれることです。メンバーがそういった行動をとったときは、積極的に誉めるべきです。決して「出過ぎたマネをするな」などと言わないことです。
2019年5月、北九州市の路線バスが踏切に差し掛かると、数台前の乗用車が踏切を渡る前に遮断機が下りてしまいました。現場は渋滞していて前進も後退もできません。乗用車の運転手は出てくる気配がありません。
バスの運転手Tさんは「様子を見てきます」と乗客に声をかけて運転席を飛び出しました。Tさんはまず踏切の非常ボタンを押しました。車に駆け寄ったところ、運転手は動転して固まっている様子でした。
後続車がスペースを見つけてバックしてくれました。Tさんは遮断機を上げて乗用車を誘導しました。乗用車はなんとか踏切を脱出。列車は非常ボタンによって踏切を渡る前に停止しました。
Tさんは普段から走行ルートをイメージし、シミュレーションする習慣がありました。現場となった踏切のすぐそばの交差点は工事中でした。また、信号の見通しが悪く夕方は交通量が増えるという悪条件が重なっていました。「この場所は危ないな」と普段から認識していたのが役に立ったようです。
どの路線バスであっても、こういった事態が起きたときの対応はマニュアルには書いていないでしょう。運転手がマニュアルにあることしかできなければ、閉じ込められた乗用車を傍観するしかありません。
列車が乗用車に衝突していたらTさんのバスはもちろん、他の路線バスのダイヤも大幅に乱れるでしょう。Tさんはマニュアル外の行動をしたことで、人命救助と同時に組織のリスク回避という面でも多大な貢献をしたことになります。