ノキアはフィンランドに本社を置く企業です。ノキアは1996年に世界初のスマートフォン、「Nokia 9000 Cmmunicator」を製作しました(1994年にIBMが開発した「Simon」が世界初のスマホとする説もあり)。1998年にノキアはシンビアンOSを開発します。シンビアンはオープンソース化して他社も自由に使えるようにし、世界標準のOSになることを目指しました。この先着は現代のandroidにも受け継がれています。
2002年、世界の携帯電話売上の36%をノキア製品が占めていました。2007年には世界シェアの半分以上を握っていました。しかしその5年後、ノキアのシェアは5%程度まで激減します。一体ノキアに何が起こったのでしょうか。
ノキアの衰退原因のひとつとして、組織構造の問題が挙げられます。事業担当役員はそれぞれ特定の機種に責任を持たされます。新しいモデルを発売するとき、開発期間や利益について厳しいノルマが課されています。役員は自分が担当している機種のノルマ達成のため、予算や人材などリソースの確保に走ります。他の役員も同様ですから、多くの会議を経て調整を行います。
こういった仕事の進め方をしていると、意思決定が致命的に遅くなってしまいます。それぞれの役員は自分が担当している機種のノルマ達成ばかりを気にし続けた結果、企業全体の効率も悪くなります。
ノキアがもたついている中、2007年にはappleからiPhoneが発売されます。iPhoneは後発のスマートフォンでしたが、市場を席捲していきます。ノキアもiPhoneのようなタッチパネル式のスマホを開発していました。しかしシンビアンOSがタッチパネルにうまく対応できず、ノキアがタッチパネル搭載製品を市場に出したのは2009年になってからのことでした。
ノキアのエンジニアの多くは「シンビアンOSは諦めてアンドロイドなど他のOSに乗り換えた方がいいのではないか」と考えていました。しかし現場のエンジニアには決定権がありません。そして、決定権があった役員には技術に関する知識が乏しかったのです。役員にとって目の前のノルマをクリアすることが優先事項で、すぐに利益を生むわけではないOS乗り換えは後回しにされました。
このような経緯で、ノキアはアップルやアンドロイドに押しつぶされて最終的には携帯事業を売却することになりました。その後ノキアは通信機器事業に舵を切り、現在も活動を続けています。