ぼんやり酒

山科けいすけは1957年生まれの漫画家で、ギャグ漫画『C級サラリーマン講座』で第40回文藝春秋漫画賞を受賞しました。山科氏が酒にまつわるエピソードを記したエッセイが『ぼんやり酒』です。

山科氏は若い頃から「一人酒」に親しんできました。一人酒は同行者に対して気兼ねすることなく、好きな店で好きな酒、料理を自分のペースで楽しめるのがいい点だと、山科氏は書いています。

これは私も強く共感できます。一人酒は楽しい。大勢で周りに気を遣いながら飲む酒は窮屈です。気心の知れた友人と飲むのはいいものですが、そういうのはごくたまにでいいと思っています。

昔は一人で飲んでいるのは変わり者というイメージがあったかもしれませんが、近年は一人酒を嗜む人が増えてきました。大衆的な居酒屋や立ち飲み屋で女性のひとり客がいる光景も珍しいものではなくなりました。

スマホの普及によって、ひとりでも間がもつということもあるかもしれません。ただ、私の場合は一人酒のときはなるべくスマホは出さずに、周囲の喧騒をBGMにしながら飲みたい派です。

山科氏がとある街で二軒目の店を探していたときの話。昭和感ただよう場末の飲み屋を発見し、ええいと戸を開けると、カウンターの真ん中でジイさんが一人で焼酎のお湯割りのようなものを飲んでいます。ジイさんは山科氏を見て「店主ならいねえよ」と言いました。そのときの挿絵がこちらです。

店の昭和感とか、ジイさんの雰囲気とか、いろいろなニュアンスがひとコマで伝わってきますよね。私なら「やばいところに来てしまった!」と後悔するでしょう。そして引き返したいけど引き返す勇気も出ず、オロオロしてしまうと思います。

ジイさんによると店主は80近いバアさんで、足を痛めて入院しているといいます。ジイさんは少し離れたところに住んでいて、毎日夕方シャッターを開けて夜は適当な時間に閉めて帰っているのです。一体何のためにそんなことをしているのか、事の顛末が気になる人は本書を読んでみてください。

次に山科氏が中学生のときの話。山科氏は中学でバレー部に入ります。そのときの顧問、G先生がとんでもない人間でした。山科氏がG先生に誘われて「地区対抗中高生百人一首大会」に参加したとき、閉会後にG先生は山科氏にビールを勧めました。当時山科氏は中学一年生。1970年の話とはいえ、教師が生徒に酒を勧めるというのは当時でもアウトでしょう。

中二の夏には千葉の館山で合宿がありました。バレー部の合宿なのに、体操着やシューズなどは不要で、持ち物は海パンだけだといいます。さらに参加する部員よりOBの数の方が多い。実はこの合宿は酒を覚えるための合宿だったのです。

ウイスキーをコーラで割ったコークハイを飲んだ山科氏は「マズい!」と思いました。ビールを飲んだことがあるだけの中学生にとって、生ぬるいコークハイなんてうまくもなんともなかったでしょう。毒薬を飲んだような顔をしている現役部員を見てOBは「とにかくチビチビでいいから飲め。気分が悪くなってもOBが介抱するから心配しないで飲め」といいます。

中三の最後の大会で、観客席で次の試合を待つ間に山科氏はバッグからウイスキーの小瓶を取り出して、中の液体を飲みました。近くにいたコーチが「おい!」と声を発したら、山科氏は「いや、これは梅酒です」と返しました。それを聞いたコーチはホッとした表情で「なんだ、おどかすなよ」といい、笑顔で去っていきました。

もう山科氏もコーチも完全におかしくなっています。梅酒なんて酒じゃないという感覚になってしまっています。試合前にウイスキーはまずいが、梅酒なら問題なしという異常な常識に支配されていたのです。

この他にもニヤリとするようなエピソード満載の『ぼんやり酒』。興味をもった人は一読を。

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