1999年、ハーバード大学で写真技術の講座が設けられました。講座ではカメラの使い方など、一般的な写真に関するレクチャーが行われ、その後受講生に課題が提示されました。大学生活における忘れられないひとコマの写真を撮影するという課題です。
受講生は10枚以上の写真を撮って、そのうち2枚を選んでB5程度の大きさで現像します。2枚とも大切な思い出の写真です。現像後、講師は受講生にこう伝えます。「2枚のうち1枚は手元に取っておいてよいですが、もう1枚は課題を終えた証拠として提出してください。提出された写真は返却しません」と。
受講生のうち第1のグループは、どちらの写真を手元に残してどちらを提出するか、今すぐ決めろと言われます。第2のグループは決めるまでに数日の猶予を与えられて、しかも選んだ写真は何回でも変更可能と言われます。
実はこの講座は、心理学者ダニエル・ギルバートらによる喪失状態に関する実験の一環でした。写真の提出から一定期間が経過した後、受講生にアンケートを取りました。その結果、すぐに写真を選んで変更も許されなかったグループは「自分の選択に満足している」と答えました。提出してしまった写真のことをすっかり忘れている受講生も多くいました。一方で、数日かけて写真を選んだグループは「選択を間違えたかもしれない」と感じていました。「提出した写真の方を残しておけばよかったかも・・・」と後悔していたのです。
選択の余地がない状況や、選択肢について十分考える時間がない状況の方が人はその結果に満足しやすいのです。逆に選択肢が豊富であったり、検討する時間がたっぷりあった状況においては、自分が決めた選択を後悔する傾向にあります。
「決められたレールの上を走るような人生はごめんだ」といったセリフを、ドラマや漫画などで聞くことがあります(ちょっと古いドラマや漫画かもしれませんが)。しかし実際には、選択肢の余地がなくそれしか道がないという状況の方が、結果に不満をもちにくいようです。
1940年~50年代にかけて、日本国内の結婚のうち約7割は見合い結婚でした。この時代は親同士が話を決めて、当人は事実上選択の余地がない状態で夫婦になるといったことも珍しくありませんでした。私の祖父母もそうでした。両家で結婚の話がまとまった後、祖母は当時祖父が営んでいた店に行くように言われました。店の外から祖父が働いている様子を見て「私はあの人と結婚するんだ」と思ったそうです。
結婚の7割がお見合いで決まっていた時代の離婚率(人口1000人に対して何人が離婚したか)は、0.7~1.0程度でした。現在では結婚相談所等を除く伝統的なお見合い結婚は3%程度まで激減しました。離婚率は令和になって1.5~1.7程度で推移しています。
「独身でいる」という選択肢は事実上なく、決められた相手と結婚するのが当たり前の時代においては「この人との結婚は間違いだったかもしれない」と後悔する余地もなかったのではないでしょうか。
一方現代では、職場の同僚・学生時代のつきあい・友人の紹介・マッチングアプリなど様々な出会いの場があります。そして結婚しないという選択肢もおおいにあります。そんな中で誰か一人を選んで結婚した場合、それが正解だったのかどうか悶々と悩むこともあるでしょう。離婚率の上昇は、そういったことも一因になっているかもしれません(もちろん、経済環境・ライフスタイル・人生観の変化といった要因も大いにあります)。
選択の余地がない状態とたくさんの選択肢がある状態と、多くの人は後者を好むでしょう。ところが選択肢がたくさんあればあるほど、人は後になって「あの選択でよかったんだろうか」と悩むものなのです。