自分が思っているほど他人はあなたの心の内を知らない

あなたは大勢の前で大事なプレゼンをおこないます。あなたはとても緊張しながらも、なんとかプレゼンを終えます。その後、同僚に「いやー、めちゃくちゃ緊張したよ」と言ったところ同僚は「えっ、全然そんなふうには見えなかったよ」と返してきました。このように、自分の心の内は自分が思っているほど人には伝わっていないものです。

社会心理学者のギロビッチが1998年にある実験をおこないました。この実験には45名の大学生が参加しました。参加者は実行組と観察組の2つに分けられます。実行組には各人に5個の紙コップが提供されます。すべて見た目は同じですが、4つは普通のおいしいジュースで、1つだけ酢が入ったまずいジュースになっています。観察組は実行組がジュースを飲む様子を観察して、どれがまずいジュースかを選びます。

実行組は平均して4.14人にまずいジュースを見破られると推測しました。しかし観察組の平均正解率は10人中1.89人にとどまりました。5個中1個が正解ですから、目をつぶって適当に選んでも10人中2人は正解できるはずです。ところが実行組が実際に飲む様子を観察しても、ランダムに選んだのとほぼ同じ確率でしか当てられなかったのです。この実験からも、自分が想定しているほど他人は自分の内面を見透かすことはできないということがわかります。これを「透明性の錯覚」といいます。

以前、あるお笑い芸人がテレビか何かで賞レースを振り返っていました。「実はこのとき40℃近い高熱が出ていて、立ってるだけで精一杯だったんです」と言っていました。今の時代ならそんな高熱が出ているのであれば、自分のためだけでなく周囲の人のためにも休むべきですが、そういった常識ができる前の話です。

そのときの映像が流れたのですが「当時高熱でフラフラだった」と言われてもそうは見えませんでした。注意してみれば「あ、これは狙いの動きではなく高熱でフラついてるんだな」とわかるレベルです。当日の観客はほとんど彼の異変には気付かなかったのではないでしょうか。

透明性の錯覚をうまく利用すると、よりよいパフォーマンスが発揮できる可能性があります。例えばすごく緊張する場面。そんなときに「大丈夫。自分が緊張してるなんて誰も気付かない」と言い聞かせて、緊張を鎮めることができます。

あなたが仕事でものすごく悩んでいたり疲れていたりするとき「これだけ困ってるんだから上司や同僚は気付いているだろう」と思うかもしれません。しかし透明性の錯覚の原理により、他人はあなたの状況に気が付いていない可能性が高いでしょう。「なんで気付いてくれないんだ!」と悶々としていないで、本当に助けが必要であれば自分から声を上げるべきです。

透明性の錯覚を悪用することも可能です。2019年1月28日、モスクワ美術館で19世紀の有名画家の作品が盗まれました。事件は開館中の午後6時頃に発生しました。犯人は来場者でにぎわう管内で、堂々と展示中の絵を取り外して持っていきました。公開されている映像によると、その絵の前には数名の鑑賞者がいましたが、犯人は周りを気にする様子もなく絵に手をかけています。

犯人自身は「今自分は窃盗をしている。紛れもない犯罪だ」と認識していたでしょう。犯人も犯行の瞬間、100%の平常心ではなかったのではないでしょうか。しかし一般人にとっては、自分の目の前で犯罪が行われることなど想像もしていません。そこでおどおどせずに堂々としていれば、他人からすれば何らかの事情でいったん作品を取り外している美術館スタッフ、あるいは出入り業者のように見えてしまうのです。

幻冬舎社長の見城徹とサイバーエージェント社長の藤田晋の共著に『人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、がっかりするほど見ていなくはない 』という本があります。自分を他人がどう見ているかについては、この本のタイトルくらいの加減が現実に近いのではないかと個人的には思っています。

コメントを残す