“I Am Rich”というiPhone用アプリを知っているでしょうか。このアプリを起動すると、赤いルビーの画像が表示されます。機能はそれだけです。他には何の機能もありません。
“I Am Rich”は2008年に、有料アプリとして公開されました。価格は999.99ドル。当時のレートで日本円にして約11万円です。この何の役にも立たないアプリを、11万円も払って入手した人はいるのでしょうか。なんと、8名のユーザーが購入したのです。2名は誤って購入したということで返金を受けましたが、6名は返金を求めることもなく購入が確定したようです。8名が購入したところで、アップルによって削除されました。
私たちはこれと似たような現象を至るところで見ることができます。似たようなデザインのTシャツが2枚あります。ひとつは超人気ブランドのロゴが入っていて、もうひとつは聞いたこともないブランドのロゴが入っています。前者は1枚1万円でも飛ぶように売れます。後者は1枚1000円とか2000円で売られます。2つの違いは「人気ブランドのロゴが入っているかどうか」だけです。
“I Am Rich”は、アプリとして何の機能もないだけでなく、リリース時点ではブランド価値もありませんでした。著名人や名のあるクリエイターが作ったわけではなく、作成者はまったくの無名です。このアプリの価値は、高額な値段そのものにあったといえるでしょう。もしこれが中途半端な価格、例えば1000円くらいであれば誰も購入しなかったかもしれません。
実質的な機能以上の値段を払うとき、そこには「他人に見せびらかしたい」という気持ちと、「自尊心を満たしたい」という気持ちが働いています。人気ストリートブランド「Supreme」のロゴは、興味がない人からすれば単に英語が書いてあるだけにしか見えません。しかし、愛好家からすれば滅茶苦茶クールに見えるのです。
安価な腕時計の精度は、月に10秒から20秒程度の誤差が出る程度と言われています。一方で、高級腕時計は1日に10秒の遅れ~20秒の進みがあると言われています。「正確な時を刻む」という機能においては、高級腕時計は安物よりもはるかに劣るというわけです。それでも多くの人が喜んで高級腕時計を購入します。「私は高級腕時計を買えるステータスの人間だ」と他人にアピールできること、また、自尊心を満たすことに価値を見出しているからです。
ラッパーのカニエ・ウエストは、自身がデザインしたTシャツを120ドルで販売しました。そのTシャツは、無地の白です。何のロゴも入っていない、真っ白なTシャツでした。即日完売したそうです。
カニエ・ウエストのTシャツの見本写真を見てみました。一見何の変哲もない、普通の無地白Tシャツです。ドン・キホーテで980円で売られていても違和感はありません。むしろ980円でも高いと思ってしまいそうです。
街でカニエ・ウエストTシャツを着ても、普通の人からすればどこにでもある白Tシャツとしか思わないでしょう。カニエ・ウエストのファンや、このTシャツの購入者でも「例のTシャツだ!」とわからないんじゃないでしょうか。この場合は「他人に見せびらかす」という効果は望めません。「自分はカニエ・ウエストがデザインしたTシャツを着ているんだ」という満足感のために、余分な費用を払っているといえるでしょう。
人はブランドに高い金額を払うことはあります。ただし、庶民的なイメージが浸透しているブランドが、後から路線変更で高級化してもうまくいかないでしょう。ユニクロが1万円のTシャツを売り出しても、売れ行きはよくないと予想できます。どれだけ高品質であっても、ユニクロが販売するTシャツに1万円の価値は見出しにくいのです。
庶民的なイメージのブランドが高級路線に変更するのは難しい。高価格商品を売ろうと思ったら、新しく別ブランドを立ち上げる方がいいでしょう。ドトールコーヒー社は、低価格でコーヒーを提供するドトールコーヒーとは異なる新たな事業を模索していました。そこで、より手間をかけたコーヒーを、ドトールよりも高価格で提供するエクセルシオール・カフェが生まれました。
ドトールで「高品質のコーヒーです」といって、高めのコーヒーを売っても売れないでしょう。しかし、「エクセルシオール」という看板と内装の元で売れば、多くの人が購入するのです。
商売をしていて、売れ行きがよくないという場合、値下げをすることが対策になるとは限りません。見せ方を工夫して値段を上げることによって、売上が好転する可能性もあるのです。