私たちは何かを選択するとき、知らないものよりは知っているものを選ぶ傾向があります。歯が痛くなって歯医者に行こうとするとき、普通は以前に通っていた歯医者を選びます。髪を切るときや、外食する店を選ぶときも同様でしょう。
これは合理的な考え方のように思えます。自分にとって良いかどうか未知数なところに行くよりも、1回以上行ったことがあるところを選ぶ方が理にかなっています。
“better the devil you know (than the devil you don’t)” という英語のことわざがあります。「知らない悪魔よりも知っている悪魔の方がマシ」という意味です。このことわざが言う通り、自分にとってマイナスの影響があるものでも、それが知っている、あるいは経験したことがあるものであれば、人は再びそれを選ぶ傾向があります。
ある経済学者の実験は、そのことを証明しています。実験で被験者は「信頼ゲーム」をプレイします。ルールは以下の通りです。
・被験者は本物の少額のお金(仮に500円とする)を対戦相手に投資する
・主催者は投資額500円を倍の1000円にして対戦相手に与える
・対戦相手はそのうちの一部を投資者である被験者に返還できる
・対戦相手が返還する金額は自由。1000円をすべて自分のものにしてもいい
・被験者は対戦相手と直接会うことはない
信頼ゲームが1回終わった後で、被験者は次の対戦相手を選びます。多くの被験者は、1回目の対戦相手を選びました。新たな対戦相手よりは、1回対戦した相手の方を好んだというわけです。
この傾向は、1回目の対戦相手の返金額によって変わることはありませんでした。1回目の対戦相手が、自分が投資した金額よりも少ない金額しか戻さなかった場合でも、やはり同じ対戦相手が選ばれました。対戦相手のせいで元金が減ってしまったのに、それでもなお同じ対戦相手がいいと言っているのです。これはまさに「知らない悪魔よりも知っている悪魔の方がマシ」ということでしょう。
ここで思考実験をしてみましょう。あなたは大金を賭けたゲームに参加しています。勝者は1千万円を得られますが、敗者は1千万円の負債を負います。知力や策略が必要とされるゲームということですが、それ以上の詳細は知らされていません。会場には100名の参加者が集められています。
ゲームの主催者が説明を始めます。「このゲームは2人1組で行います。今から、誰かひとりを選んでペアを組んでください」
あなたは誰と組むべきか見極めるために、周りを見渡します。そこで、ある人物に気付きます。なんという偶然。中学のときの同級生です。同級生ではありますが、クラスも部活も違うし、接点もなかったので一度も話したことはありません。どんな人物なのかもわかりません。ただ、同じ中学校で同じ学年であったことは間違いない。
あなたは98名の初対面の人間ではなく、その同級生とペアを組みたいと思うのではないでしょうか。その同級生に関する情報はほとんど持ち合わせていません。ただ、同級生だったというだけです。彼/彼女がこのゲームを勝ち抜くためのパートナーとしてふさわしいかどうかは、まったくの未知数です。それでも、彼/彼女はパートナーの最有力候補となるでしょう。
広告・宣伝というのは、こうした人間の性質を利用しようとしています。CMで繰り返し商品名を連呼したり、駅前で店名の入ったティッシュを配ったりするのは、消費者に覚えてもらうためです。
「商品名を知っている」ということと、その商品の品質は本来関係ありません。しかし、私たちはお菓子や洗剤やビールの売り場に来たとき、知っている商品が選択肢の上位に挙がってくるのです。
人は馴染みのあるものを選ぶ性質があるので、一度選んだものを覆すのは大変です。したがって、企業はあの手この手で何とか自社に乗り換えてもらおうと画策します。現在、ほとんどの国民がスマホを使用しています。携帯キャリアが個人の契約者数を増やそうと思ったら、別キャリアのスマホ所有者に乗り換えてもらう必要があるでしょう。
わざわざ「知っている悪魔」から「知らない悪魔」に乗り換えてもらうために、様々な特典が用意されています。購入する機種の割引、現金キャッシュバック、現在の使用機種下取り、〇〇ポイント進呈・・・等々。乗り換えるとこっちのお金が増えるんじゃないかと思えるほどです。そこまでする必要があるほど、乗り換えの壁は高いということがいます。また、そこまでやってもなお、キャリアや販売店には利益が発生するんですね。
今、自分が継続して購入しているもの、継続して通っている店、継続している習慣なども、単に「知っている悪魔」を選んでいるだけかもしれません。本当にそれが最善の選択肢なのか、定期的に見直す機会をもってみるのもいいのではないでしょうか。