人は報酬のみによって動くわけではありません。しかし、今やっている仕事の報酬が半分に下がると言われたら、誰だって困ります。報酬というものは、人が生きていく上で非常に大事なものです。今回は、報酬の内容や出し方によって人のパフォーマンスがどう変わるかに関して書いてみます。
インドがイギリス領だった頃、首都デリーは猛毒をもつ危険なヘビ、コブラが大量発生していました。そこでイギリス政府はコブラ対策として、コブラを捕まえた者にかなりの報奨金を与えると発表しました。
この施策はある程度効果がありました。人々はこぞってコブラ捕りに精を出しました。ところが、途中で多くの人が気付き始めたのです。「捕まえたコブラを育てて数を増やし、『捕まえてきました』と届け出ればたくさん収入を得られるぞ』と。
そうした不正が横行するようになり、結果として「コブラの数はたいして減ってないのに、報奨金の支出だけが増える」という事態に陥りました。イギリス政府もこれに気付き、報奨金制度を撤廃することにしました。
この政府決定は、事態をさらに悪化させます。報奨金をもらうつもりでコブラを育てていた人々は、もはやコブラを飼い続ける理由がなくなったので、野に放つしかありませんでした。その結果、デリーでは報奨金制度開始前よりもコブラが増えてしまいました。
このように、報酬の出し方によっては、逆効果になってしまう場合があります。私が以前勤務していた学習塾では、月ごとに定められた基準よりも多くの新規生を入学させると、数万円の報奨金が支給される制度がありました。毎月基準を超えて報奨金の対象になれば、年収が数十万円アップするわけで、一般的なサラリーマンからすれば非常に大きな金額です。
この制度によって、新規生を獲得するべく仕事に励んだ社員もいたことでしょう。一方で、新規生を獲得するために、本来できないことも「できる」といって入学させるケースも発生しました。そうやって入学した生徒は、入学後に「話が違う」ということでやめていくことになります。会社としては、報奨金の分支出が増えた上に、塾の評判が下がるという望まない結果になってしまいます。
報酬を出すタイミングによっても、効果が変わる場合があります。経済学者のスティーブン・レビッドは、教師へのボーナスの効果を調べるためにある実験を行いました。
この実験では、対象の学校が2つのグループに分けられました。ひとつは、生徒の成績に応じて、教師は年度末に最大8000ドルのボーナスが与えられます。もうひとつのグループでは、教師は年度の最初に4000ドルを受け取ります。さらに年度末に、生徒の成績に応じて最大4000ドルのボーナスが与えられます。しかし、生徒の成績が悪ければ最初の4000ドルを返還する必要が生じます。
どちらのグループも「生徒の成績に応じて最大で8000ドルのボーナスを受け取れる」という点は同じです。受け取りのタイミングが異なるだけです。ふたつのグループ間で、生徒の成績に差はあったのでしょうか。
年度当初に4000ドルを受け取ったグループの教師は、生徒の成績を大幅に向上させたという結果が出ました。一方で、年度末にボーナスを受け取るグループの教師は、生徒の成績に向上が見られませんでした。
人は一度所有したものを手放したくないと考える性質があります。「成績を上げれば高額なボーナス、上げなければ普通の額のボーナスを支給する」と言われれば「頑張らなくてもある程度ボーナスをもらえるならそれでいい」と考える人もいるでしょう。しかし、最初に高額なボーナスを与えられて「成績を上げなければ後で一部返してもらう」と言われたら「一度受け取った金を失いたくない」という心理が働きます。その結果、高額ボーナスを確定させるために頑張るというわけです。
これを実験ではなく、実際の会社等の組織で運用するにはいろいろ工夫が必要でしょう。まず、一度従業員に支給した報酬を、パフォーマンスが悪ければ一部返還させるというのが法的にOKなのか、確認する必要があります。
法的な問題をクリアしたとしても、倫理的にOKなのかという疑問は残ります。また、この方法を用いて全体のパフォーマンスが上がっても、報酬を一部返還した従業員は、かなりモチベーションが落ちることになるでしょう。
実行するにはリスクも伴いますが、勇気ある経営者は「ボーナス先出し方式」を試してみてはいかがでしょうか。