前回に続いて、1995年に発覚した大和銀行の巨額損失事件を起こした井口俊英氏の著書『告白』をもとにした記事です。権限内の取引業務で5万ドルの損失を出して、それをすぐに言い出せなかったことがことの始まりでした。その後、秘密裡に損失を埋め合わせようとして権限のない取引に手を出し、さらに損失が拡大。その損失を、顧客から預かっている証券を売却して穴埋め。挙句、このことが発覚して自分がしばらく不在になっても家族が路頭に迷うことがないように、一年分の生活費として5万ドルを着服ーとんでもない加速度での転落劇です。
1995年7月、損失は11億ドルまで膨らんでいました。ここに至ってついに井口氏は、頭取にすべてを告白する決意を固めます。告白文の冒頭で「私はニューヨーク支店の米国債取引で約11億ドルの損失を出しております」と記されています。
告白文を読み進めていくと、井口氏が事実を打ち明ける決意をした理由が書いてあります。要約すると「本件は私(井口氏)しか知らない。本件が外部監査等で発覚するようなことがあれば、米国での営業が難しくなることは明らかだ。銀行の存続すら危ぶまれるかもしれない。したがって、これ以上事態を悪化させないよう、まずは頭取に報告した」ということです。
この手紙を出してから1週間後、当時の副頭取から井口氏に直接電話が来ました。副頭取は「手紙を読ませてもらってどれだけ辛かったかよくわかります。たが、もう済んだことはどうにもならんし、これからどうするかを皆で考えて行きましょうや」と言ったそうです。想像を絶するような巨額損失事件なのに、やたら穏やかで冷静な対応ですね。
今回の損失処理チームのメンバーが、ホテルの一室に集まったときY常務は「損失処理は来年3月に処理するとして、11月初旬の中間決算発表後君からの告白状が届いたということで大蔵省に報告する。発表は何らかの形でその後になる。それまでこのまま表面化せぬよう続けられるか?」と井口氏に問いかけます。
本来、このような不正を銀行幹部が感知したら、直ちに関係機関に報告し、世間にも公表すべきです。ところが、事件があまりに巨大すぎてそうすることができなかったのです。さらに、Y常務は「ところで、君は日本で働く気はあるか?」と井口氏に尋ねました。本店というわけにはいかないが、関連会社を紹介しようという意図です。この状況下で、事件を起こした張本人の身の振り方を考えているということです。そんな話をしている場合ではないと思うのですが、大銀行の上層部ともなると、普通とは思考回路が違うのでしょうか。
そもそも、なぜこれだけ巨額の不正が12年間も、本人から告白されるまで発覚しなかったのでしょうか。井口氏は著書の中で「ニューヨーク支店の照合事務が不徹底であったから」と指摘しています。
照合事務では、銀行の帳簿上の記録と、実際の資産の動き及び残高が一致するか確認します。日本的な事務管理では、銀行内の現金・証券・書類の照合に重点をおいてきた一方で、銀行外の資産の照合がおろそかになっているそうです。銀行外の現金と証券は、書面上の残高明細のみが証拠であり、その信憑性をチェックする検査員の仕事も不徹底でした。
『告白』を読むと、井口氏はこれだけの事件を起こした自覚があるのか疑問に思うことが多々ありました。井口氏の告白から1か月半後、検証が進んでいないことについて井口氏の思いが書かれています。
「私の告白から1か月半たった今、まだこれといった検証は何も出来ていない。(中略)私は自分で言うのも何だが事件の当事者である。その私が資料を集め、コンピューターのプログラマーを雇い、明細を作成して検証作業をしている。こんなことだから大和は今こんな状態になっているんだ。あまりにもお粗末ではないか」
「おまえがいうな!」と百回くらい言いたくなるような記述ですよね。しかし、こういうことを考えて、さらには本にも書けるくらいの神経だから、12年間で11億ドルの損失を計上しても潰れることがなかったのかもしれません。
9月23日、井口氏が告白状を出してから約2か月後、井口氏はFBI職員から事情聴取を受けます。FBI職員は、告白状のことを知っていたのです。職員の手元にあるFAXで送られた告白状を見ると、送り元が銀行本店の国際部になっていました。
このとき、井口氏は大和銀行が自分をすでに告訴していたことを知ります。井口氏は「『関連会社で働かないか』とか言っておいて・・・悔しかったが私は初めて大和に裏切られたと悟った」と述懐しています。いや「裏切られた」っていうかね・・・そもそも・・・
このように、読んでいて突っ込みたくなる点はたくさんありますが、この記事で興味をもった方は『告白』を読んでみてください。