二度あることは三度ある?

前回の記事で「人間の判断には、個人個人によるばらつきと、同じ個人でもそのときの環境に起因するばらつきが伴う」という話をしました。

「合計金額を予想する」といった判断の場合、ばらつき同士で相殺し合うことが可能です。1万円の品物を7000円と安く見積もってしまったとします。次に8000円の品物を1万1千円と高く見積もってしまったら、2つの品物の誤差は差し引きゼロになります。

上記の例のように、結果的にばらつき同士が打ち消し合えばいいのですが、そうならないパターンも多いのです。野球のピッチャーがストライクを狙って2球投げて、1球目は外側、2球目は内側に外れました。外と内で打ち消し合ってストライク、とは当然なりません。2ボールという結果になります。

本来懲役10年が妥当な案件で、ひとつは懲役5年、もうひとつは15年の判決が出たとします。「ふたつの判決の平均は10年なので、トータルで見れば妥当ですね」とはならないでしょう。不当に懲役期間が短くなった判決と、不当に懲役期間が長くなった判決、ふたつの望ましくない結果が発生してしまったといえます。

人が何らかの判断を連続して行うとき、その並び順に影響を受けることがあります。アメリカの難民審査官は、承認を2回続けると次に承認する確率が本来より約20%下がるといいます。審査官は「要件にそって厳正に審査した結果、否認としました」というでしょう。「2回連続で承認が続いたので、バランスをとるために否認しました」とは決して言わないでしょう。しかし実際には、意識的か無意識かはおいておくとして、前回の判断が今回の判断に影響を及ぼしているのです。

身近な例では、選択式のテストでも前の判断が次の判断に影響を及ぼすことがあります。第1問の答えは選択肢3、第2問の答えも選択肢3を選びました。第3問も答えは3のように思える・・・そんなとき、迷いが生じないでしょうか。

「3問連続同じ選択肢が正解というのはおかしい・・・第3問の正解は3ではないかもしれない・・・いや、しかし第3問の正解は3でいいような気もする。ということは、前の2問のどっちかは正解が3じゃないのか?」そんなことを思い始めたら、あなたはすでに平常心でテストに臨めません。

ちなみに、2020年度大学入試センター試験においては、3問連続同じ選択肢が正解になることは珍しくありませんでした。多くの科目で、少なくとも一度は「3問連続同じ選択肢が正解」ということが起こっていました。英語に至っては、3回もあったのです。

元プロ野球のピッチャー(確か江本孟紀氏だったと記憶していますが、確証はもてません)の話によると、審判も前の判断に影響されることがあるようです。ピッチャーがいいコースに投げてバッターが見逃し、「よし、ストライク!」と確信していたらボールと判定される。大事な場面でこれをやられると、ピッチャーはがっくりきます。

そんなことがあってから試合がある程度進んで、ピッチャーが微妙にストライクゾーンを外れた球を投げたときに、審判が「ストライク!」とコールすることがあるそうです。「さっきはストライクをボールと判定してごめんね」という意味なのかもしれません。しかし、これは投手にとってはそれほど嬉しくないそうです。

大事な場面でストライクをボールと投げたショックは、後で逆の判定をしてもらっても相殺できるものではないんですね。今度はバッターの方が「今のはボールだろー」という不満を持つだけで、相殺されるものではないということです。審判は前の判定に左右されず「今投げられた球がストライクかボールか」ということだけに集中した方がいいようです。

あるワイン品評会では、同じワインを二度テイスティングして同じワインだと見抜ける確率は18%しかなかったそうです。しかもそのほとんどは、最もおいしくないとわれたワインでした。よほどまずかったので覚えていた、ということでしょう。

また、ベテランのITコンサルタントが、同じ開発作業の納期を見積もったとき、1回目と2回目で納期が大幅に違っていたということもありました。プロでも、同じ事実に関して完全に同じ判断を下すことはできないということなのです。

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