知らな過ぎた男

不祥事が起きて、組織の責任者が会見をするとき、「不祥事のことは知らなかった」ということばを耳にします。もちろん、本当に知らなかったという可能性はあります。多数が所属する組織で、たったひとり、あるいはふたりくらいがしでかした不祥事であれば、責任者が知らなかったということもあるでしょう。

一方で、「状況から考えると、責任者が知らなかったというのはあり得ない」というケースもあります。それでも、責任者は「知らなかった」で押し通すことが多々あります。

「組織の中で少なくない人数が不祥事に関与していた」とか「不祥事に関して内部告発があった」という状況でも、「知らなかった」で押し通す責任者がいたとします。知らなかったなんてあり得ないし、本当に知らなかったとすれば組織の責任者としての能力に問題があるといえます。それでも「知らなかった」と主張するのは、その方が得だと判断しているからです。

法律では、結果が同じでも、故意と過失で扱いに差を設けているケースがよくあります。ある人の行為によって誰かが亡くなったとき、それが故意に行われたものであれば殺人罪に問われる可能性があります。もしそれが過失によるものであれば、過失致死罪の可能性がでてきます。殺人と過失致死では、刑罰の重さにおいて、天と地ほどの差があります。

一方で、民法では刑法のように故意と過失で扱いの差がないケースがあります。民法709条では、不法行為について「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」と定めています。

「故意又は過失によって」とあるように、「わざとだろうがうっかりだろうが、他人に迷惑をかけた人は責任を取ってもらうよ」と言っているのです。

刑法は「故意か過失か」ということを重視しますが、民法は損害が発生したという事実の方を重視するようです。不祥事の当事者がしばしば重要な事実を「知らなかった」というのは、刑法的な考え方を採用していて、「知らなかった」と言った方が、刑罰だけではなく世間からの批判も軽くなると考えているからでしょう。

さらに重要なポイントとして、「知っていたかどうか」は内心の問題ですから、知っていたという事実を証明するのが難しいということがあります。これが「パワハラ発言があった」とか「誰それと〇〇で会っていた」といった、言動に関することであれば証明することが可能です。実際に発言したり、会ったりしている映像や音声を突きつければ、しらばっくれることは難しいでしょう。

一方で、知っていたかどうかに関してはそのような証明が困難です。いくら状況証拠をそろえても、「そんなこと言われても知らなかったんですもの」と言い続けられると、論破できません。何を言われようと「知らなかった」で押し通す精神力さえあれば、いつか相手も諦めます。

こんなことを書いているうちに、小学生時代の宿題のことを思い出しました。「宿題をやったんですけど、家に忘れました」という言い訳のことです。学校の宿題というのは、終わったものを先生に提出までして完成となります。

A:宿題にまったく手を付けていない
B:宿題を終わらせたものの家に忘れた

AもBも、宿題未提出という事実は同じです。しかし、こんな言い訳をするということは、Bの方がまだ罪が軽いと考えていることを意味します。小学校時代、「AよりもBの方がまだマシだぞ」と明言した教師はいませんでした。それでも、Bの方がダメージが少ないと思ってしまうんですね。私もそうでした。

「宿題やったけど家に忘れました」と言ったとき、「じゃあ今から家に取りに行ってこい」という教師はいませんでした。また、その宿題を翌日以降に提出したという記憶もありません。「やったけど家に忘れました」と言えば、本当はやってなくてもその場は逃れられる気がしてたんでしょうね。

「やったけど家に忘れました」という言い訳を使う人は、中学・高校と学年が進むごとに減っていきました。大学ではほぼ聞いたことがありません。「そんな言い訳しても、今この場で宿題を提出できないという事実に変わりがない」ということに気付いた結果だと思います。

プロセスではなく結果を重視するようになったとも言えます。社会人になれば、「プレゼン資料できてるんですけど家に忘れました」などと言い訳する人は皆無でしょう。そんなこと言っても「頑張って作るところまではできたから大目に見てやろう」とはならないからです。

同様に「知らなかった」という言い訳に対しても、「だから何?起きた事実に対してあなたに責任があることに変わりはないですよね」と詰め寄ってもよさそうなものです。しかし、言われた方も「知らなかったというのは本当に本当なんですね?」と、まるでそれがこの問題の焦点であるかのように対応するのが人間心理というものなんですね。

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