中古車販売大手のビッグモーターによる不正行為が話題になっています。故意に車を傷つけるなどして保険会社に修理代金を水増し請求していたと報道されています。その手口は、ドライバーやゴルフボールなどを使って車を損傷させるというものです。
こういった悪質な行為が起こった背景として、過酷なノルマと幹部からの強いプレッシャーがあると言われています。元工場長によると「無茶苦茶な売上目標を設定されて、数字が悪い工場があると『なめとんのか、ボケー』と目の前で殴られているのを見た」とのことです。
達成困難な課題を抱えていて、できなければ強力なペナルティ(暴力・痛烈な非難・降格・解雇)が待っているとき、解決策はいろいろ考えられます。
(1) 正当な手段で課題を達成する
(2) 課題の難易度を下げてもらう
(3) 達成できない場合のペナルティを免除してもらう
(4) 異動・退職等でその環境から脱出する
(5) 不正な手段で課題を達成する
(1)がベストな解決策です。ただ、「やればできる」と言っても限界はあります。限界以上の課題を抱えた場合、(2)または(3)の解決策が取れればよいのですが、現実的には難しいことが多いでしょう。(4)の選択肢は、テンパっている人は気付かないことが多いです。そこで人はつい(5)の道を選んでしまいます。
私が以前勤務していた会社は、学習塾を運営していて、各教室に割と難しめの売上目標が設定されていました。数字が悪い教室の教室長に対して、さすがに物理的な暴力はなかったのですが、全社員がみられるメールで「今とんでもないことをしてしまっていることを自覚してください」といったプレッシャーをかけてくるメッセージが日々、幹部から送られていました。
上からのプレッシャーは強めだったのですが、この会社ではビッグモーターのような不正はありませんでした。社員のコンプライアンス意識がどうこうといった話ではなく、塾では構造上そういったタイプの不正は起きにくいのです。
売上に関してプレッシャーをかけられた教室長は、塾生とその保護者に「志望校合格のために、通塾回数を増やしましょう」とか「今は英数のみの受講ですが、国語も受講しましょう」といった提案をします。その提案が正当なものかどうかを客観的に判定することは不可能でしょう「英数しか受講していない生徒が、国語も受講すべきかどうか」という命題に対して、絶対的に正しい答えを出せる人など存在しないのですから。
上の歯1本だけが虫歯になっている患者に対して、「下の歯も虫歯です」と虚偽の診断をして不要な治療をしたら、それは明確な不正でしょう。しかし、塾の場合は週1回の通塾で合格できる力をもった生徒に、週3回の通塾を勧めても、少なくとも詐欺等、法的な問題になることは考えられません。
週1回しか通っていない塾生に週3回分の請求書を送りつけても、「うちは週1なので料金が違います」と言われて終わりです。ビッグモーターのようなマネはできません。したがって、売上を増やすにはちゃんと受講料アップにつながるような提案をして、承諾される必要があります。
追い詰められた教室長は単価アップの余地がある塾生に片っ端から声をかけることになります。それがコンプライアンスに抵触することはなくても、「あそこの塾はお金がかかる話ばかりしてくる」と思われてかえって評判を下げる結果になりがちです。売上が悪い教室がプレッシャーをかけられて動き回ったが、ほとんど成果が出ないという光景を何度も見てきましたし、私自身も経験しています。
頑張っても売上が改善しないとき、教室長はどのような行動をとるか。だいたい「長時間働く」という結論に至ります。流れ作業の製造業や、単純な事務処理であれば成果は労働時間に比例します。一方で、学習塾では教室長が単に長時間働けば売上が上がるというものではないでしょう。しかし、何をやっても成果が出ないときは、そうやって「何とかしようと頑張ってます」という姿勢を見せるしかないと考えてしまうんですね。
とある教室長は、週5日勤務のところを週6日勤務、通常午後2時から10時が定時のところ、午前10時から終電近くまで働いていました。日曜日に保護者会や講演会などのイベントなどがあると、週1日の休みも返上でした。それくらい働いていると、多少数字が悪くても幹部からの風当たりは多少弱まるんですね。
午前から出勤して何をしているかというと、幹部との作戦会議やチラシ配りなどの営業です。幹部も、「不振教室の教室長と朝から会議をして何とかしようとしている」というアリバイができて、経営陣に顔向けができるというわけです。当時、私は教室長の立場から離れて幹部の下で本部職員として働いていて、午前中の会議にも出席していました。
ある日、午前10時に幹部のひとりYさんが教室に来たときに、いつもいる教室長がいません。その日は木曜日で、本来教室長の休みとして設定されているのですが、教室長はずっと木曜日も午前10時に出勤していました。
Yさんは「教室長は?」と私に聞きます。私は事前に教室長から連絡を受けていて「今日は体調が悪いということで、午前中は休んで定時の2時から出てくるそうです」と答えました。Yさんは「たるんでるな」とつぶやきました。
よくよく考えると、その日は教室長にとって決まっている休みの日なのです。そもそも出勤する必要がないんです。それなのに、体調不良を押して、休みの日でなければ定時となる2時から出ると言っている。それに対して「たるんでるな」という言葉がナチュラルに出てくるのがやばいですよね。
異常な組織にいても、その環境に慣れてしまうと異常と思わなくなってしまうんですね。ビッグモーターも、まずは経営陣が「今の会社は異常な状況である」ということを自覚しないと、そこから先の未来はないのではないでしょうか。