創造性の敵は自分自身

実用できる電話が発明された頃、アメリカの通信大手ウエスタンユニオンでは「この電話というものは欠陥が多すぎて、コミュニケーションの手段として検討に値しない」という意見がありました。

1920年代に実業家のデビッド・サーノフは、ラジオを普及させるために各所に投資を呼びかけていました。そんなサーノフに、友人は「無線のミュージックボックスに商業的な価値があるとは考えられない」と返しました。

創造性のあるアイデアが、当初は他人に理解されず酷評されるということはよくあります。しかし、ときには発案者自身が自分のアイデアを否定することもあるのです。

ハーバードビジネススクールのヤンミ・ムンは、想像力やイノベーション、常識を打ち破る思考を抑圧する要因について分析をしています。要因のひとつとして「内なる声に耳を傾ける」というものがあります。

ここでいう「内なる声」とは、「そんな変わったアイデアを提案する意味があるのか?ばかげたアイデアだと思われたらどうする?」といった自己検閲的な声を意味します。そんな言葉に耳を傾ければ、創造性は阻害されるでしょう。

似たような経験をしたことがある人は多いのではないでしょうか。既存の概念を打ち破るような、画期的なアイデアを思い付いたものの、ふと内なる声が聞こえてくる。「現実が見えてないヤツ」「こんなアイデアを提案するような無能だったとは」などと思われたらどうしよう・・・内なる声に屈した結果、「何も提案しない」「手堅いアイデアに差し替える」という結論に至るかもしれません。

こういったことは、アイデアの提案といった場面以外でも起こりえます。議論中に大胆なコメントを思い付いたものの、自己検閲を経て無難なコメントに修正したことは、私も数えきれないほど経験しています。

イノベーション戦略アドバイザーのマシュー・メイは、自己検閲的思考は恐怖心から生まれると説明しています。小説家サラ・ウォーターズは「小説を書いていると、恐怖が一定の間隔で訪れる。パソコン画面に打ち込んだ文章の向こうに、冷笑的な書評。困惑した友人たち、作家としてのキャリアの没落、先細りになる収入・・・といったことが次から次へと頭に浮かんでは消える」と語っています。

ストーブに触れてやけどをした人間は、ストーブに近付くときに警戒するようになります。自分の意見や作品を公表した結果、強い批判や嘲笑を受けたら、同じ目に遭わないように、表現活動に対して慎重になります。このようにして、自分で自分の創造性に蓋をしてしまうのです。

あなたが所属している組織や集団が、何を言っても批判から入るような体質であったらどうでしょう。批判されるというストレスがかかる状況を避けるために、誰からも文句が出ないような無難なアイデアしか出てこなくなるのではないでしょうか。

一方で、どんなバカげたアイデアであっても、頭ごなしに否定せず、アイデアを出したことをほめるような体質だったらどうでしょう。「ちょっと攻めすぎかな」と思えるアイデアでも、とりあえず提案してみようと思う人が増えるはずです。

組織の風土を整えることで、各自の自己検閲を緩めることができます。そしてそれは、アウトプットの向上という結果となって組織全体がその恩恵を受けることができるはずです。

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