20世紀の石油採掘において、採掘者の直感は非常に重視されていました。1960年代から70年代にかけて、イギリスの石油大手BPの採掘者は自分の直感を信じて発掘をおこない、大規模な油田を掘り当ててきました。
しかし、80年代後半になると昔ほど大発見が出なくなってきました。巨大な油田がどんどん発見されて、新しい油田を見つけにくくなりました。ターゲットとなる油田が次第に小さくなり、当時の技術で見つけるのか困難になったためです。
こうした変化を受けて、1989年、BPは新たな発掘方針を打ち出しました。巨大な油田を発掘することに専念し、小さな油田は捨てることにしました。確かに、見つけづらい小規模油田の発掘に時間をかけるよりも、巨大な油田に集中した方がコストパフォーマンスはよくなるでしょう。
さらにBPは、発掘コストを大幅に抑えることにしました。1バレルあたり5ドルかかっていたものを、1ドルに下げる目標を掲げたのです。コストを8割カットするということですから、かなり大胆な目標です。
この目標を達成するには、発掘失敗を最小限に抑える必要がありました。一般的に、油田発掘の成功率は約8分の1でした。8回トライして1回油田を発見する計算です。BPはそれよりも優秀で、成功率は約5分の1でした。しかし、コスト削減目標のためには、さらに成功率を上げる必要があります。
BPは過去の探査と採掘者の予想の関係を調べてみました。採掘者がヒットの確率を20~70%と予測した場合、実際の結果もほぼ一致していました。しかし、採掘者がヒットの確率を75%以上とした場合は、ほぼ100%ヒットしていました。また、成功率10%以下の予想の場合は、実際には1%程度の成功率でした。予想確率がある一定の範囲内であれば、かなり正確なのですが、その範囲外になると予想はほぼ当てにならないということがいえます。
BPが新しい方針を打ち出すまでは、採掘者は「期待値」という概念を使って採掘できるよう経営陣にアピールしていました。例えば、ヒットする見込みが低い案件があったとします。採掘者は、見込みが低くてもチャレンジしてみたい。そんなときは期待値を利用することができます。
「この案件は見込みが高いわけではないですが、10%くらいの確率ではヒットしそうです。さらに、もしこの案件で油田を掘り当てれば10億ドルくらいのリターンはありそうです。ということは、10億×10%でこの案件の期待値は1億ドル!これはやるしかないでしょう!」
このプレゼンを聞いて、経営陣はゴーサインを出します。ところが、期待値の根拠となる数字はすべて発掘者の主観が混じっています。先に述べたように、実際には10回に1回も当たることはなく、成功率は1%程度なのです。
そこで、BPで探査部門の責任者をしていたイアン・ヴァンは、コスト削減のために新たな指示を出しました。それは「空井戸を掘らない」というものでした。これによって、「今回は油田を当てられなかったけど次回頑張ろう」という言い訳をなくしたのです。
「空井戸を掘らない」という新しい目標ができてから、採掘者の意識が変わりました。直感ではなく、科学的な根拠に基づいてそこに油田があるか検討し始めました。そして、失敗はないだろうと確信が持てたときだけ、チャレンジするようになりました。
その結果、BPは2000年になってヒット率を約3分の2まで向上させました。20年前の3倍以上です。「空井戸を掘らない」という明確な目標によって、「今回は失敗したけど次頑張ろう」とか「石油はでなかったけど、チームの経験値は上がった」といった言い訳が許されなくなった結果、これだけの驚異的な改善ができたのです。