壮絶すぎるカスタマーサポート

「感情労働」ということばをご存じでしょうか。「感情労働」という新しい概念は、アメリカの社会学者であるアーリー・ラッセル・ホックシールドが提唱したものです。感情労働は、顧客満足のために自分の感情をコントロールし、報酬を得る仕事のことを意味します。小売業・飲食業・ホテル業・教育業・その他接客業全般など、幅広い業務が感情労働に当てはまると解されます。

製品に関するサポートセンター業務は、典型的な感情労働です。製品がうまく動かない、不具合を起こすなどの問題に直面した顧客は、感情的になることもあります。担当者は、自分が問題を起こしたわけでもないのに、不具合を起こしたことについて謝罪をしなければなりません。「あなたの利用方法がおかしいのでは」と思っても、飲み込んで対応する必要があります。

『一流家電メーカー「特殊対応」社員の告白』は、ある家電メーカーA社のパソコン「compnote」(製品名は仮名)の顧客サポート業務をしていた笹島健治氏(おそらくペンネーム)の体験記です。私も一定の顧客サポート業務の経験があり、ある程度理不尽な顧客の対応もしてきました。しかし、笹島氏は私ごときの経験では想像もつかないような無理難題にさらされ続けたようです。

日本刀を持ったヤクザに「俺の目の前で修理せえへんかったら、こいつでぶった斬るぞ!」と脅されたり、ホテルに軟禁されて徹夜でデータ修復作業を強要されたり、怒り狂ったビジネスマンに「仕事中にバッテリが切れたら使い物にならねえじゃねえか!」とパソコンを顔面に投げつけられて負傷したりと、一般のサポートセンターでは、ひとつも経験できないようなエピソードがたくさん出てきます。

ちなみに、パソコンを投げつけてきたビジネスマンはプレゼン中にバッテリが切れて大恥をかいたうえに商談が流れてしまったそうです。この人は、出張で大阪に来ていたのですがACアダプタを忘れてしまって、商談のときに電源が切れたとのことです。こんなとばっちりでパソコンを投げつけられてはたまったものではありません。

笹島氏が所属していたテクノサポートセンターは、表向きはcompnoteのショールームで、技術相談をおこなう部署でした。しかし実際には、表に出せない特殊対応を担う部署でもあったのです。笹島氏は、超VIPからの依頼で、通常であれば突っぱねられるような無茶な要求に対応したり、盗難など犯罪が絡んだパソコンのサポートをしたりと、常人では経験できない業務を担当していました。

この本で私が印象に残っているエピソードをひとつ紹介します。重要な取引先の社長の息子が使っているcompnoteが壊れてしまい、1年以上かけて書いていた卒論が消えてしまったとのことでした。息子はショックのあまり引きこもってしまい、社長は激怒、A社との取引全面停止、さらに訴訟をおこすという話になり、笹島氏は特殊対応にあたることになりました。

その息子は大学にパソコンを持っていき、食堂で作業をしている途中でトイレに立って、戻ってみるとパソコンに醤油のような液体をかけられて、その後は動かなくなったというのです。気の毒な話ですが、どう考えてもメーカーに責任はありません。しかし、会社から笹島氏への指示は「何がなんでもデータを復旧せよ」でした。誰でも「おかしいだろ」と思うでしょう。おかしすぎて逆に清々しくなるレベルです。

笹島氏は、醤油の臭いのするcompnoteを分解して、修理にあたります。うまくいったかどうか気になる人は、本を読んでみてください。

今は「カスハラ」ということばも世間に浸透して、「お客様は神様ではない。理不尽な要求は突っぱねる」という流れになっています。しかし、一部の超VIP客に関しては、依然として神様であり続けるのかもしれません。

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