「路地裏アジト」「あるこーるらんぷ」「日暮里ガッツマン」・・・これらのお笑いコンビをご存じでしょうか。「ひとつも知らない」という人がほとんどでしょう。上に挙げたコンビ名はすべて「けうけげん」と名乗る青年が考えた架空のものです。
私がけうけげんのことを知ったのは、『アウトサイド・ジャパン』(櫛野展正 著)という本からでした。この本では、一般には知られていない、独特な表現活動をする人たちの作品や人となりが紹介されています。
2万匹以上の昆虫を用いて、5年の歳月をかけて「昆虫千手観音」を作った人、東京都新宿区に「宇宙村」をオープンし、テレパシーによる宇宙との通信を通じて宇宙人を描くといった活動をしている人など、興味深いけど近所に住んでいたらお付き合いがためらわれるような表現者、約150人の中のひとりが「けうけげん」です。
けうけげんは13歳ごろから架空のお笑い芸人や番組を空想するようになりました。芸人を思いつくと、芸名と宣材写真のような手書きのイラストをノートに書きとめました。そのノートは『アウトサイド・ジャパン』の取材時点で1000枚以上あったそうです。
彼は実在するお笑いコンテスト「M-1グランプリ」や「キングオブコント」に架空の芸人たちを出場させます。架空の第3回キングオブコントでは、100組近い架空芸人が出場しました。彼は出場者の所属事務所、芸名、ネタのタイトルをひと組ずつ記録しています。その中で10組が決勝に進み、最終的にアンソロジーズというコンビが優勝しました。
彼のノートによると、アンソロジーズは大阪よしもと所属、坂本一章(ツッコミ)と舟山詠(ボケ)のコンビです。シュールな世界観のコントが武器で、舟山の強烈なキャラが異常性を加速させるそうです。これを見て、「事務所は実在のものなんだ」と思いました。
同様に、他の大会の記録もノートに細かく綴られています。『アウトサイド・ジャパン』の取材時点で、彼は福島のサービスエリアで働いていました。お笑い芸人や放送作家の夢があって、それを捨てきれない。しかし、実家が兼業農家で跡を継がないといけないといったことから、すべてを捨ててチャレンジができていないとのことです。
彼の活動は、大衆から絶賛を浴びるようなものではないかもしれません。ただ、その活動に心から没頭していることは間違いないでしょう。多くの場合、彼のような人たちに「そのエネルギーを他に使えば・・・」といったアドバイスをしても無意味です。その活動だからエネルギーを注げるのです。
『アウトサイド・ジャパン』の序文には「自分ではない別のなにかに自己を投影することで、現実世界を巧みに生き抜こうとしているさまは、社会化された意識のなかで現実世界と折り合いをつけながら生きている僕らの背中を後押ししてくれる。」と書いてあります。この本を通して読むと、その意味がよく理解できます。