『START UP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』(以下『START UP』)という本に、結果が出るために徹底することの重要性が説かれていました。
どの企業でもそうですが、特にスタートアップ企業では小さな規模から急成長を遂げるのを推進できる優秀な人材を雇う必要があります。レシピ動画の提供サービスをするクラシルを立ち上げた堀江裕介氏は、学生時代に起業しました。
堀江氏はFacebookでエンジニアのコミュニティを複数見つけ、そのコミュニティに登録しているメンバーに片っ端からDMを送りました。最終的に1000人以上送ったそうです。100人にひとりくらいは物珍しさで「堀江氏に会ってもいい」と答えてくれたとのことです。
『START UP』では、このエピソードに続けて「採用に困ったときは問い直してほしい。自分はあらゆる可能性を試したのか。どれだけ自分の時間を費やしたのか。採用メディアに広告を出稿し、ヘッドハンターに依頼しただけでやりきったと思っていないか。」という問いを読者に投げかけています。
これは採用業務に限らず、あらゆる業務に当てはまりそうですね。営業にせよマーケティングにせよ、その業務における定番の施策というものが存在します。そうした定番を一通りやって、結果がでなければ「やることはやったんだから仕方ない」と考えるのは簡単です。しかし、「本当に他にできることはないのか」と考え抜いてみると、新しい突破口が見えてくるかもしれません。
話題は変わって作家、梅崎春生が昭和28年に書いた随筆『文学青年について』について考えてみます。当時、文壇に出るための一番の正道は同人雑誌を発行することでした。ここでいう同人雑誌とは、志を同じくする文学青年が集まり、作品を冊子にして自主出版として世に出されたものを意味します。
同人雑誌の目的は、作家・評論家・編集者に読んでもらって文壇デビューのきっかけを得ることです。ということで、人気の作家・評論家には大量の同人誌が送りつけられます。ところが彼らは自身の原稿執筆で多忙ですから、なかなか読んでもらえません。
『文学青年について』では、某同人雑誌所属のある青年が、目当ての先生に雑誌を読んでもらうためにどのような工夫をしているかが語られています。大前提として、先生方が忙しい時期を避けて、なるべく暇なときに雑誌を送ります。文芸雑誌の締切がだいたい月末なので、月末は避けます。中間雑誌(純文学と大衆小説の中間の作品が掲載されている雑誌)の締切がだいたい10日なのでこの日も避けます。
文芸雑誌と中間雑誌の発行日が13、14日前後と23日前後で、先生方にはそれらの雑誌が大量に送られます。そうなると同人雑誌など読む暇はありませんから、そのあたりも避けます。
以上の日を避けて、日曜日を選びます。日曜日は雑誌社も世間全般も休みなので、先生方に届けられる郵便物もごっそり減ります。しかし先生方は常に活字に触れる生活をしているから、一日中まったく活字に接しないと落ち着きません。そのタイミングを狙って、月曜に到着するように日曜に投函します。
果たして月曜日に同人雑誌が先生方の自宅に届けられます。普段なら忙しくて読まずに風呂の焚き付けにでもされていた同人雑誌も、このタイミングだと活字に触れたい先生方の目に留まり、読んでもらえるというわけです。梅崎もこの手法を聞いて「感心のあまり声も出なかった」と書いています。
当時、「一生懸命作品を書いて雑誌にして、有名な先生方に送っているのに何の返事もない」と嘆いていた文学青年は多かったことでしょう。しかし彼らのほとんどは上に書いた青年ほどの工夫はしていなかったと思うのです。うまくいかないのを環境のせいにせず、知恵を絞ってできうる限りの工夫をしている実例を見て私も感動しました。
『文学青年について』には続きがあります。こんなに気が付き人間心理も知り尽くしているようなこの青年が同人雑誌に書いた小説を、梅崎は読んでみました。「一読啞然、甘くてだらしなくてバカバカしくて、とてもこれが同一人の作品だとは全然思えない」とのことでした。要するに、常人では思いつかないようなアイデアを実行していたものの、肝心の作品がダメダメだったということですね。
この文学青年、存命であればかなりの高齢だと思いますが、その後どんな人生を送ってきたか気になります。