ノーベル文学賞受賞作家である大江健三郎が、今年の3月3日に亡くなりました。英文の哲学書を日本語に翻訳したかのような独特の文体で、大江の作品は難解というイメージを持つ人も多いのではないでしょうか。
私が初めて大江健三郎の作品に触れたのは、高校時代でした。確か現代文の実力テストで、大問のひとつとして『死者の奢り』の冒頭が出題されました。大学病院でアルコール水槽に保存されている解剖用の死体を運ぶアルバイトをした<僕>の体験記です。死体の描写が妙にリアルで気持ち悪かったことを覚えています。あまり高校生のテストで扱うような題材ではないと思いました。
大学進学後、図書館で『死者の奢り』が収録された大江の作品集を見つけて「高校時代にテストで出たやつだ」と思って手に取り、初めて作品を通して読みました。それから大学4年間でかなりの大江作品を読んだものです。
当時は背伸びをして『同時代ゲーム』や『M/Tと森のフシギの物語』といった難解な作品にも手を出しましたが、何度も序盤でドロップアウトしました。未だに最後まで読み通せていません。大江がノーベル文学賞を受賞した際、授賞理由において代表作として挙げられている『万延元年のフットボール』も難解だったのですが、なんとか最後まで読めました。「なんかすごいな」とは思ったものの、まだ真に理解はできているとは思えません。
一般的には難解というイメージの大江健三郎ですが、読みやすくてストーリーが面白い作品もたくさんあります。『芽むしり仔撃ち』は大江が23歳のときの作品で、初の長編小説です。太平洋戦争末期、山奥の村に集団疎開した少年たち。そこで疫病が発生し、少年たちは村に封鎖されてしまったーという話です。大江作品の中では比較的読みやすい文体、スリリングなストーリー展開で、設定を工夫すれば映画化してもいいんじゃないかと思っています。
『叫び声』は大江が27歳のときの作品です。3人の若者が、百科事典のセールスマンで同性愛者のダリウス・セルベゾフと共同生活していました。彼らはヨット「レ・ザミ号」を建造して4人でアフリカに旅立つことを計画していました。その後、様々な事件が起きて彼らの青春時代は終わりを告げます。作中、事件が起きる前の青春時代の描写がとても切ないですね。誰もが経験する、「自分たちは無敵でこの状態が永遠に続く」という誤解に支えられた時期を思い出します。そしてラストシーンでは、本当に叫び声が聞こえたような気がしました。
『洪水はわが魂に及び』は上下巻に分かれていてやや長めの作品です。上巻は少し退屈な場面も多いのですが、下巻まで行きつくことができればそこからは怒涛の展開で楽しめます。この物語の主人公は、知的障害のある息子と東京郊外にある核避難所にこもって生活しています。主人公は社会に適応できない少年たちと出会い、打ち解けていきます。最終的に彼らは核避難所で機動隊に囲まれて銃撃戦を繰り広げることになります。こう書くと「なんで急にそんなことに?」と思うかもしれませんが、話の筋を追っていくとこうなるのは必然のように思えてしまいます。
このような記事を書いていると、久しぶりに大江作品が読みたくなってきました。しかし、数ページめくったところで中断。大江作品を読み通すにはある程度体力と気力が充実していないと難しいのです。