いったん引いて考えてみる

インテルはマイクロプロセッサで世界シェアの7割を占める巨大企業です。かつてのインテルは、マイクロプロセッサではなくメモリが事業の中心でした。1980年代になってインテルはマイクロプロセッサの開発にも力を入れた結果、メモリとマイクロプロセッサがインテルの主力製品となりました。

1980年代、日本のメモリが世界市場を席捲しました。当時の日本製メモリは高品質かつ低価格で、一時は世界でのシェアの8割を占めるようになりました(今では見る影もありませんが…)。

インテルは日本製メモリの性能の高さをあなどっていました。はじめ、インテルの幹部たちは、日本製メモリが高品質であることを示すデータを見ても「そんなことはあり得ない」と否定しました。現実を認めて、自社の品質向上に取り組み始めた時点ですでに大きく後れを取っていました。

会議では日本への対抗案が出るものの、結論が出ないまま月日は過ぎました。その間、インテルはメモリ部門での利益を減らし続けていました。当時の社長、アンドリュー・グローブは「その時期の我々は、どうすれば状況が改善するか明確なアイデアもなしにがむしゃらに働くだけだった」と語りました。

果てしなく続く不毛な議論に疲れ果てたグローブは、会長兼CEOのゴードン・ムーアに尋ねました。「もしわれわれが経営陣を追われて、取締役会が新しいCEOを任命したとしたら、新しいCEOはどんな戦略をとると思う?」ゴードンは答えました。「メモリ事業からの撤退だろうね」

この瞬間、ふたりの経営幹部はメモリ事業から撤退する決意を固めました。組織の中にいることで見えなかったものが、「もし別の人間がCEOだったらどうするか」と想像することで、第三者の視点から冷静に問題をとらえることができたのです。

メモリ事業の撤退に対して、社内では強い反対がありました。技術部門からは「メモリはインテルの技術の核だ。撤退してしまったら社内の技術全体が弱体化してしまう」、営業部門からは「幅広い製品を扱わなければ顧客の注目を失ってしまう」。

どれだけ反対があっても、グローブの決意は変わりませんでした。グローブはメモリの製造中止を顧客に伝えるよう、営業部門に指示しました。それを聞いた顧客はほぼ「無反応」といえるものでした。「あっそうですか」くらいのものです。個人や組織の中では大問題と思っていることでも、部外者から見ればその程度のインパクトしかない、というのはよくあることです。

あとになってみれば、インテルがメモリ事業から撤退したのは大正解でした。しかし実際にその結論に至る道のりは簡単ではありませんでした。現実には結論を出すのを妨げるものがたくさんあります。個人的な思い入れ、その結論によって不利益を被る人たちの抵抗などです。

そういった抵抗によって意思決定ができない場合、グローブのようにいったん引いて考えてみることが有効です。「なんのしがらみもない人間が急に私と入れ替わったとしたら、この状況でどういう判断を下すだろうか」。そういう視点で考えてみると、すんなり結論が出せるかもしれません。

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