普通の人なら気にならないような細かい言い回しが気になってしまいます。最近は「~のほう」という表現に心が反応してしまいます。
「~のほう」には様々な用法があります。まずは、「方向・方角・方位」。例えば、「この先を曲がって左のほうに進むと役所があります」「駅の北のほうは住宅街になっている」といった使い方をします。
次に、複数の対象から一部を取り上げるときにも「~のほう」という表現が使えます。例えば、ご飯かパンという2つの選択肢があるときに「ご飯のほうにします」と言ったりします。他にもいろいろな意味がありますが代表的なのはこの2つです。
「~のほう」が本来もっている意味とは違う使い方を例示してみます。
・(受付で)お名前のほうを教えていただけますか。
・(飲食店で)コーヒーのほうをお持ちしました。
・(レジで)お釣りのほうが〇〇円です。
いずれも、冒頭に説明した用法には当てはまりません。そしていずれの例文も、「~のほう」がなくても意味は通じます。むしろよりシンプルでわかりやすいと感じます。「~のほう」の本来の意味とは異なる使い方は、私が知っている限り数十年前から指摘されていますが、令和になった今でもよく使われています。
なぜ人は不要な「~のほう」を付けたがるのでしょうか。「~のほう」は顧客・上司など敬語を使う場面で用いられます。イーブンな関係の家族・友人に対して「~のほう」を使うことはありません。気さくな間柄の友人にコーヒーを差し入れるときに「コーヒーのほう、持ってきたよ」などと言いませんよね。つまり、不要な「~のほう」を使う人はそれを丁寧な表現の一種として解釈していると考えられます。
「~のほう」利用者は、「~のほう」を付け加えることでストレートな言い回しを避けているとわけです。「お会計をお願いいたします」だと、ストレートに「金払え」と言っているような気がするので「お会計のほうをお願いいたします」と言いたくなるのでしょう。
「コーヒーをお持ちしました」と言われて「失礼だな」と受け止める人はほとんど存在しないでしょう。しかしなんとなく「~のほう」を付けるとより丁寧だと思って「コーヒーのほうをお持ちしました」と言ってしまう。
本当は「~のほう」を付けると丁寧になるということなんてことはありません。むしろ「~のほう」抜きのほうがスッキリして伝わりやすいと思います。そういうわけで私は本来の意味とは違う「~のほう」は使いません。
昔飲食店でアルバイトをしていたとき、レジである客が会計にやってきました。そのお客さんは出てきた料理や店員のサービスがいまいちだったということを語りだしました。こちらとしてはメニューにあるものを定められた手順で提供していたのですが、お客さんにとっては不満があったようです。
私が「ご指摘ありがとうございます。次からは気を付けます」とお詫びすると、お客さんは「よろしくね」と言ってそのまま店を出ようとしました。私はそのとき「えっ・・・お会計のほうは・・・」と言ってしまいました。そのとき、人が「~のほう」を使いたくなる気持ちが少しわかったのでした。