ネガティブ情報の罠

現代人が1日に触れる情報量は、江戸時代の1年分、平安時代の一生分と言われています。平安時代の人たちが一生かけて触れる情報量をたった1日で触れて、私たちの脳はパンクしないのでしょうか。もちろん、触れる情報をすべて吟味しようとしたらパンクしてしまうでしょう。私たちが触れる情報の大部分は、右から左に抜けていきます。そして、自分のフィルターに引っかかったごく一部の情報だけに注意を傾けるのです。

太古の昔、私たちの祖先は現代人よりも生命の危機に直面する機会がはるかに多かったはずです。「あのあたりには危険な動物が生息している」とか「この植物を食べると命を落とす」といった情報に敏感でなければ生き延びられません。私たちは、そうやって危機に敏感だったおかげで生き延びてきた祖先の血を受け継いでいます。したがって、人間は恐怖や危機感を呼び起こす情報に敏感なのです。

「残忍な凶悪事件」「致死率の高い奇病」「多くの死者を出した大災害」ー私たちは本能的にこういったニュースに注目してしまいます。情報を流す側も、そのことは十分わかっています。自分たちの発信する情報が、なるべく多くの人のフィルターに引っかかるように工夫します。「恐怖」「危機」といったジャンルの情報は優先的に流されるのです。

そのような偏った情報に触れ続けていると、私たちは「最近暗いニュースばかりだ」「世の中はどんどんよくない方向に向かっている」と誤解をしてしまいます。しかし、実態はそうとも限りません。

警察庁発表の資料によると、2016年の刑法犯認知件数は約99万6千件でしたが、毎年減少を続けて2020年には約61万4千件となっています。約4割減少しています。殺人・強盗・放火等の凶悪犯罪の認知件数も、2016年は約5100件でしたが2020年には約4400件まで減少しました。

国内の犯罪件数に関して、数字でははっきりと減少傾向が見て取れます。にもかかわらず、「昔と比べて日本は治安が悪くなっている」と感じている人は少なくありません。「ネガティブな情報ばかりがクローズアップされる」という現実が、このような誤解を生む主な要因になっているのではないでしょうか。

ネガティブな感情が呼び起こされるようなニュース、インパクトの強いニュースを見たときに、「同様のことが各地で頻発している」と誤解してはいけません。

2019年、世界で発生した航空事故は53件で、そのうち死亡事故は8件でした。世界全体のフライト数は4680万回です。航空事故の起こる確率は88万回に1回、死亡事故に限ると585万回に1回ということになります。毎日飛行機に乗ったとして、死亡事故に遭う可能性は1万6千年に1回です。このように、数字だけを見れば航空機は極めて安全な乗り物です。しかし多数の人が亡くなるような航空事故が起こると、人はそのリスクを過剰に高く見積もるようになります。

2001年にアメリカで発生した同時多発テロは、冷静にリスクを見極める感覚を狂わせるには十分過ぎるインパクトがありました。テロによって飛行機のリスクを高く見積もり過ぎた人々は、移動手段を飛行機から車に変更しました。しかし、当時のアメリカで交通事故によって亡くなった人は年間で4万人以上でした。飛行機よりもはるかにリスクが高い交通手段だったのです。同時多発テロの直後から、交通事故死の件数が増加しました。移動手段を飛行機から車に変更したことによって増加した死者の数は、約1600人と試算されています。

ネガティブなニュースに触れたときは、「このような事態がいたるところで発生しているのか。それとも滅多に起こらない特殊なケースなのか」ということを立ち止まって考えてみると、パニックにならずに冷静に対処できるかもしれません。

コメントを残す