これはチョコフレークなんかじゃない

「自由律俳句」とは、五七五の定型俳句に対して、定型にとらわれずに作る俳句のことです。尾崎放哉は自由律俳句の代表的俳人です。放哉の句で私が好きなものはたくさんあるのですが、その一部を紹介します。

げつそり痩せて竹の葉をはらってゐる
屋根の落ち葉をはきをろすことを考えてゐる
道を教えてくれる煙管から煙が出ている

一句目は、げっそり痩せた人が一生懸命竹の葉を払っている状況を想像すると不思議な気持ちになります。二句目、「考えてないでやればいいじゃん!」というのは野暮というもの。3句目、道を教えてくれる人ではなくて煙管(きせる)とその煙がクローズアップされて、だんだんズームアウトして教えてくれる人の姿が見えてくる、映像作品のような句です。

蟻を殺すつぎから出てくる

この句が詠まれたとき、放哉は40歳近かったのですが男子小学生みたいなことをしていますね。蟻に関する句は他にもあります。

蟻が出ぬやうになった蟻の穴

「あんたが殺したからだ!」とツッコミを入れたくなりますね。尾崎放哉にかんしては、春陽堂放哉文庫から句集も出ています。興味をもった方は買ってみてください。

カキフライが無いなら来なかった」「まさかジープで来るとは」こちらの2冊は、又吉直樹とせきしろによる自由律俳句集です。放哉と比べるとクスリと笑える要素が多いのですが、「ひとことネタ」ではなくあくまで自由律俳句です。

座席を倒すタイミングを失った(又吉直樹)
あの人はOBなのか気にしながら部活(せきしろ)

など、あるある系の句も多く見られます。

先日、「これはチョコフレークなんかじゃない」という自由律俳句を思いつきました。これだけ読んでどういう状況か想像できる人はいないですよね。簡単に説明します。

掃除のついでに収納を整理していたときのことです。奥の方にほこりをかぶった段ボール箱がありました。開けてみると、カップ麺・レトルト食品・水などの非常食が詰まっていました。消費期限が10年くらい前に切れているものばかりです。

思い出しました。これは2011年の震災のときに、一人暮らしをしている私を心配した実家から送られたものでした。到着後に一度開封して中身を確認した後、収納の奥にしまい込んだのでしょう。その後、幸いにも非常食を使うような災害に遭わなかったので、10年以上そのままにしていたのでした。本来は消費期限が迫ってきたら全部食べて、改めて非常食を買い直すべきなのですが、私はその存在すら忘れていました。

「さすがに全部捨てないといけないか・・・」と思いつつ箱の中を眺めていると、見たことがない物体が目に飛び込んできました。こげ茶色のかけらがパラパラと。薄くスライスしたチョコフレークのようです。「非常食にチョコフレーク?」と不思議に思いました。しかも中身が出ている?そんなことがあるのでしょうか。

数秒間そのチョコフレーク状の物体を眺めて気が付きました。「これはチョコフレークなんかじゃない」と。こげ茶色でカサカサ動くあの生き物が、段ボール箱に入り込み、その中で死んだ。その身は仲間に食べられたり、バクテリアに分解される。そして分解されずに最後まで残った、彼らの身を包む殻の部分のかけらたち、それがチョコフレークに見えたのです。そんなときに思い浮かんだのが「これはチョコフレークなんかじゃない」という句です。

我ながら状況が見えづらく、共感も得難く、多くの人が気持ち悪いと思う不出来な句ですね。もうちょっとマシな句が思い浮かんだがらまた書こうと思います。

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