老人語の謎に迫るんじゃ

みなさんは「~じゃよ」とか「~なんじゃ」という話し方をする老人を見たことがあるでしょうか。おそらく、漫画やアニメなどのフィクションでしか見たことがないという人が多いことと思います。

もし老人になると語尾に「~じゃ」を付ける文化があるとしたら、何歳くらいからそうすべきか悩みそうですね。近所のおじさんが今までは「今日もいい天気だね」と言っていたのに、ある日突然「今日もいい天気じゃのう」とか言い出したら、驚いてしまいますね。「おじさん、もう『じゃ』を付ける歳なんですか」「わしももう60じゃからそろそろかと思っての」といった会話に花が咲くでしょう。今は60歳なんてまだまだ若いので、「じゃ」を付けるのは70歳くらいからでいいんじゃないか、といった議論も生まれるかもしれません。

なぜ一部のフィクションの世界では、老人が「~じゃ」という話し方をするのでしょうか。ネットで調べたところ、諸説あるようですが以下の説が説得力があります。

江戸時代の初期、江戸の町は各地方から多数の人が移住してきました。そこで各地の方言が入り混じって使われていましたが、その中で上方(京都・大阪のあたり)の言葉はステータスが高い扱いでした。江戸時代中期になると、現在の江戸っ子言葉の起源となる江戸語が形成されて多くの江戸の民に使われるようになりました。しかし、高齢者の知識人層は上方の言葉を使う傾向がありました。「江戸語などという野蛮な言葉なぞ使わんぞ。伝統的な上方の言葉を使い続けるのじゃ」といったところでしょうか。こういった高齢者の上方風の話し方は、当時の歌舞伎や落語などの中で誇張して描かれ、現代に引き継がれているということです。また、上方の言葉を使うのが比較的インテリ層に多かったことから、現代のフィクションでは老人といわれる年齢でなくても、ベテラン研究者や博士などが「~じゃ」といった話し方をすることがあります。

このような「老人語」「博士語」は、現代では使われる場面が狭まっている気がします。実写の映画やドラマだと、こういった話し方をする老人や知識人はあまり見なくなりました。生身の人間が「~じゃよ」とかいうセリフを言うと、さすがにあざとすぎる感じがしてしまうのでしょう。2021年に『日本沈没』というドラマが放送されました。そこで日本沈没説を唱える異端の科学者として香川照之さん演じる田所博士というキャラが登場しました。田所博士だったら、「~じゃ」とか言ってもギリギリ通用しそうですが、劇中ではそういう話し方をしていなかったと記憶しています。田所博士が使わないのであれば、もう日本の実写で「老人語」「博士語」が出てくることはないかもしれません。

漫画やアニメの世界では、老人語・博士語はまだ現役でいられるかもしれません。漫画・アニメは生身の人間を誇張して描きますから、「~じゃよ」といったセリフを喋っても実写ほど違和感を感じないでしょう。また、お笑い芸人のコントでもしばらく現役なんじゃないでしょうか。コントでは、まだ老人という年齢ではない芸人がカツラをかぶったり杖をついたりして老人を演じます。さらに老人だということをよりわかりやすくするために、老人語を使うのがむしろセオリーだったりします。

こういったフィクションの世界にだけ生き残っている言葉は他にもまだまだあります。調べてみると面白い発見があるかもしれませんね。

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