今回も『限りある時間の使い方』にあった話題を広げてみます。この本の第4章ではペルシャの建築家のエピソードが紹介されています。その建築家は世界で最も美しいモスクの設計図を描きました。独創的で壮大な設計図を見た人は皆圧倒されました。ところが建築家は書斎で図面を見続けた後、図面を燃やしてしまいました。彼が設計したモスクは完璧だったのですが、実際に建築しようとすれば妥協が出てきます。どんな優秀な職人でも設計図を100%再現することはできません。また、年月が経過すれば劣化します。建築家は設計図をもとに実際の建物を造るよりも、完璧な構想を構想のままでいさせることを選んだのです。
頭の中にあるときがクオリティのピークであり、具体的な形になるにつれて理想から離れていくものです。かつて勤務していた会社で、販促チラシを作ったことがあります。ある程度予算をかけることができて、クオリティにもこだわりたい場合はプロの制作会社に依頼するのですが、そのときは「そんなにお金はかけられないし、急ぎで作りたい」ということで社内で作ることになりました。
最初は「これからは外注しなくても社内で作ればいいじゃん!」と言われるくらいのいいチラシを作ろうと意気込んでいました。考えた末に思い浮かんだチラシはまさにプロ顔負けのクオリティ。ところが、パソコンのアプリを使って作りこんでいくほどに「あれ、なんか違うな」という違和感が増していきます。最終的に出来上がったのは、いかにも「個人店の店長が入門書を見ながら一生懸命作りました」というレベルのチラシです。こういった現象は、その道の熟練度が低い人特有のものではありません。その道のプロでも、「完成に近づくほど理想像から離れていく」という呪縛からは逃れられません。
個人で完結する仕事ではなくて、複数の人が工程に関わる仕事であれば、理想から離れるリスクはより高くなるでしょう。建築を例にすると、以下のような要因で完成物が理想像からかけ離れていきます。
・予算の制約。理想を実現するために必要な人件費や材料費がないために妥協せざるを得ない
・納期の制約。理想を実現するために必要な日数より短い納期なので妥協せざるを得ない
・技術の制約。理想を実現するために必要な技術を使えないために妥協せざるを得ない
これらの制約は、多くの場合建築家ひとりでコントロールできるものではありません。そのため、どんどん理想像から離れていくのを見守るだけになってしまいます。
理想を現実にするために妥協を許さない人も存在します。スティーブ・ジョブズは、マッキントッシュの起動時間が長すぎることに不満をもち、部下に「もっと起動時間を早くしろ」と指示しました。マッキントッシュの開発者も、様々な制約条件のもとで努力した結果、一定の起動時間がかかっていたものと思います。しかしジョブズは一切妥協しませんでした。結果として、数か月後には起動時間が10秒以上短縮されたといいます。
これはジョブズのような天才だからできたと言えるでしょう。普通なら「そうはいっても技術的にこれ以上は・・・」とか「スタッフも限界までやっていますので・・・」といった言葉に負けて妥協してしまいます。それでも妥協せずに突っぱねたら、部下が離反してしまうかもしれません。普通の人がまねするのは危険です。
では、われわれのような一般人は「理想からかけ離れる問題」にどう対処すればいいでしょうか。まずは、「具体化するほど理想から離れていく」という現実を認めることです。自分の頭にあるアイデアには制約がかかりませんから、その分クオリティが上がるのは当然です。クオリティが下がることを恐れて実行に移さなければ、アウトプットはゼロです。理想とは違っていても、ひとまず完成までもっていきましょう。
次に、完成したものと最初の理想とのギャップを比べてみましょう。理想と何が違うのか、どうしてそうなったのかを分析すれば、おのずと次はどうすればいいかが見えてきます。それを繰り返していけば、100%理想通りにはならなくても、理想とのギャップがだんだんと少なくなるはずです。そうやって少しずつでも理想に近づけていきましょう。