前回に続いて全米ベストセラーとなった『限りある時間の使い方』関連の話です。この本では「何かを決めるということは他の無数の選択肢を捨てることである」という考えが出てきます。ある会社に就職するということは、別の会社で働くという選択肢を捨てることを意味します。誰かと結婚するということは、他の人と結婚するという選択肢を捨てることを意味します。
意思決定をする際に破棄される選択肢には、ほぼ実現不可能なものも数多く含まれます。大学受験生が、ある国立大学の法学部に前期日程の願書を出したとします。その瞬間、受験生が前期日程で、その大学の別の学部や東大に受かる可能性はゼロになります(国立大学の前期日程にはひとつの大学・学部しか出願できないため)。そもそもその受験生の学力では東大を受けても合格する可能性は非常に低いかもしれません。しかし、ゼロではない。ここで、別の国立大学に願書を出せば、東大に受かる可能性は完全にゼロになるわけです。
意思決定をすることによって消える選択肢は、現実に存在するかすら不明なものもあります。ひとたび結婚する決断をすれば、当然他の人と結婚するという選択肢はなくなります。「年収2000万円のエリートで身長180cm、仕事も家族も大事にする優しい性格」という人と結婚したかったけど、現実の結婚相手はそうではない。そうなると理想の相手との結婚は諦めるしかありません。そもそもそんな人がどこにいて、どうすれば出会えるのかすらわかっていなくても、いつかは出会って結婚に至るかもしれません。そんなことは絶対ないなんて誰も断定はできません。ただ、確率としてはものすごく低いでしょう。
もし目の前に「100%理想的とは言えないけどまあ悪くはない」という選択肢があって、あなたがYESといえば成立するのであれば、だいたいの場合その選択肢を受け入れるのがいいと思います。しかし、人間は「なるべく選択肢を残しておきたい」という性質があるようです。以前のブログ「可能性の扉を開けたままにしておくコストはバカにならない」では、それを証明する実験を紹介しています(詳細はリンクをクリックしてご覧ください)。
車の購入直後に車のCMが気になるという心理があります。自分の買った車のCMを見ては「やはり自分の選択は間違いじゃなかった」と自分を納得させ、それ以外の車のCMを見ては「こっちの車の方がよかったかなー、いや自分の車の方がいいに決まってる」と心を揺さぶられるのです。普通の人は、車を1台買えば他の車を買うという選択肢は消滅します。そこで、買ってしばらくは「こっちを買ってたらどうだったんだろう」と他の車が気になってしまうのです。
ある選択肢を選んだら、別の選択肢を選んだ場合どうなるかを体験することはできません。Aさんと結婚したら、Bさんと結婚したときにどうなっていたかは知ることができません。Aさんと離婚してBさんと再婚したとしても、その状況はAさんと結婚せずにBさんと結婚した場合とは異なります。Bさんと再婚して、結婚生活がうまくいったとしても「最初からBさんと結婚しておけばよかった」とは言えません。再婚だからうまくいったのであって、最初からBさんと結婚していたら失敗していたかもしれないからです。
このように、現実には体験不可能な「たら、れば」を想像していても前に進むことはできません。決断することは数多くの選択肢を捨てることであるという事実を受け入れて、思い切って決めること、そして決めたら過去を振り返らず前に進むことが重要なのではないでしょうか。